表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/236

湖沼

 ようやく探し当てた災難は、碧天の目の前で一人が崖から落ちていくという形で実現していた。

 碧天は湖沼の周囲を素早く見まわした。木は生えていない。浮きになりそうな枝なども落ちていない。低木の茂みがあるが、枯れ切っている。命綱の支えにはなりそうにない。浮きになる可能性はあるが、崖からは遠い位置にあるので、そこまで持っていくのが大変そうだ。

 碧天は外套と長着を脱ぎ捨て、湖沼に踏み込む。この時期だから、水はひどく冷たい。だが、予想通り水量は少なそうだ。

 落ちた人間が浮き上がってきた。ゆっくりと手を動かし、浮くように努めているようだ。思ったより冷静に行動している、と安堵する。落ちた高さもそれほどではない。水中で跳躍して水面に顔を出して息をし、沈むを繰り返している。

 近づいてみると、(ハク)だとわかった。

 手を伸ばして(ハク)の顎を掴んで引き寄せる。驚いてばたつくのを、もう片手で脇を持って安定させる。(ハク)の外套は邪魔だが、幸い少し移動すれば湖底に足がついたので、十分な推進力は得られた。(ハク)自身もすぐ落ち着き、岸に向かうことができた。

 (ハク)は自分を助けた者を見た。碧天だとわかったが、もう感情が麻痺しているのか、驚きはなかった。ああそう、という感じだ。それよりも呼吸ができるようになったことのほうが大事だ。

 だが、蘇順の狙いはわかっている。刺殺は難しい。そういう刃物の使い方を蘇順はしたことがない。実際、(ハク)は肩を少し切られただけだ。脅しのために刺しただけだろう。

 溺死も難しい。それなりの水量や水流は、もっと離れた流啼谷辺りでなければ無理だろう。

 碧天に支えられて、少しずつ水から出ていく。体が重く感じる。そして痺れるような感覚がある。歯ががちがちと鳴る。全身ずぶ濡れだ。

 一人だったら、村まで帰りつけるかどうかわからなかった。村に帰り着けなければ凍死しただろう。

 碧天も濡れているが、頭部は沈まなかったので、頭髪は乾いている。自分の下着をできるだけ絞り、革靴を脱いで逆様に振って水を切る。

 「自分でも絞れ」と言い、(ハク)の外套と長着を脱がせて、絞り上げる。音を立てて水が落ちる。かじかむ指で下着を握るのは思うようにはいかなかったが、何度もやろうとした。碧天が屈んで靴を脱がせてくれる。

 地面も凍ったように冷たい。靴に溜まった水を捨てると、油を塗りこんでいるせいか思いの外水切れがよかった。冬の前にちゃんと手入れをしておいてよかった。

 髪の毛を絞っていると、碧天が自分の外套を着せてくれた。乾いていて、玄に寄り添ってもらったみたいに暖かい。碧天は自分の長着だけを着こんで(ハク)の服を一まとめにして右肩にかけた。左手を腰に回したところで、(ハク)の肩の傷に気がついた。

 「冬でよかったな」とつぶやき、(ハク)の懐に右手を突っ込む。驚くよりも先に体が大きく震える。碧天は自分の外套の懐から手巾を取り出し、細長く畳んで下着の上から肩の傷を縛った。

 そちらの肩には触らないように反対側に回り、碧天に支えられながら歩き出す。

 「蘇順を見た?」碧天は蘇順とは作業所で会っているはずだが、覚えていないかもしれない。だが、こんなところで(ハク)と蘇順以外の人間はいるはずがない。碧天は頭を振る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ