連行
「虎」人影は黒い毛長牛に乗った男だった。男の呼びかけに石虎は特に何の反応も示さなかった。
「蘇順という女が暴走している」「蘇順?誰だ、それ」面倒くさそうに石虎が返事をする。「お前が粉をかけた女だよ。正確にはまだ、女じゃないが」「どこの?って、団徳か」「そうだ、戻っておさえないと、ばれるかもしれん」「何が」「お前との関係だよ」
石虎は声を立てて笑い、「何焦ってんだよ、衛。関係ないだろ、ちょっと口説いただけじゃねーか。犯罪じゃねーだろ」「茶を渡してるだろ。それと蜂蜜も」「ああ、大丈夫だろ。わかりゃしねえよ。渡したのはそいつだけじゃねえし。何、そんなに心配なのか。暴走って、何してんの?」
「孫白を襲ってる」「孫白?って、あ、ん、団徳の村長の姪っ子?なんで?」「知らん。お前、何か言ったんじゃねーの。鉈振り回してたぞ」「あらら。その2人って、確かに団徳で俺が粉かけてた二人だなあ。あれ、もしかして痴情の縺れってやつ?」
「だからそう言ってる」衛はいらいらしながらも、石虎はの理解を待った。
「蘇順…あー、確かにもう結構色気の出てる奴だよな。孫白はちょっと頑なで清純派って感じの女になりそうだし。でもまだ落ちそうじゃなかったから、来年用に取っといたのになあ。惜しいなあ、もう殺されたの?」「まだだと思うが」「どうしようか、ちょっと迷うなあ。とりあえず、隠れて様子見ようか」
衛は頷き、二人は方向を変えて移動を始めた。
いつの間に、蘇順はこんなに力が強くなったのだろう。
蘇順に髪の毛を掴まれて半ば引きずられながら、他人事のように考える。白は小柄だし、体重も軽い方だろう。だが蘇順も背は白より少し高いが、華奢な方だ。
玄から離れてはじめのうちこそ走れたが、あっという間に追いつかれた。蘇順はまだ鉈を握ったままだ。ぶつぶつと口の中で呟いているが、内容は聞き取れない。時折、足が石を踏み、体が傾ぐと蘇順が強く髪を引くので、涙が出る。
どこに行くのだろう。村の柵は予め壊してあった。そこから抜け出て、斜面を登っていく。それほどきつい斜面ではないので、北西の方角に進んでいるのだろうと思う。進路が少し北に振れれば霊山だが、どのみち山を登っているには違いない。道を進んでいるのではないけれど、この季節は低木も茂っていないので、道を外れても通行可能なのだ。
しかし、道なりに進まないとなると、追跡は難しくなる。雪でぬかるんでいるので、跡が残ることは期待できる。だが、これ以上に雪が激しくなると、その跡が覆われてしまう。
助けは来るだろうか。傷ついた玄を見れば、異常があったことはわかるはず。白がいないことも判明しそうだが、蘇順のことは突き止められないかもしれない。
一体いつの間に、これほど嫌われたのだろう?
全く心当たりがなかった。避け続けていたから。もともと馬が合わないのはわかっていたし、孫維に関心があることにわかっていて、白が目障りなのも承知していた。でも、あくまで親戚というだけで、恋愛関係にあるわけではないし、これほど恨まれるとは思っていなかった。
石虎とは盲点だったな。




