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辺境の治安

 (ハク)は黙ったまま、繊維を揃えていった。伯母をはじめ、年配の女性たちが口々に作業の説明をしているのに、手が少しも休まないのがさすがだった。

 そもそもなぜ碧天がここにやってきたのか。この村の糸や布を売り物にするつもりなのだろうか。そうだとしても一緒に作業する必要はないだろう。

 ましてや、こんなに着飾る意味がわからない。ただでさえ、『匂い』が嗅げなくて碧天については不安が募るのに。

 (ハク)は碧天を見ていられずに視線を外す。不安を通り越して、怖いような気がする。初めて会ったときは、愛想のいい、お坊ちゃんだとばかり思っていた。どんどん印象が変わっていって、どういう人間であるのか、全くわからない。とにかくこれ以上は関わり合いになりたくなかった。



 作業所を出ると、村長の妻である柳氏がこの村の店に連れて行ってくれた。

 碧天は旅装ですでに一通り回っていたが、その時は単なる隊商の一人で、下っ端だと見過ごされていたのだろう。顔を隠してはいなかったが、服装や髪形、化粧で印象はずいぶん変わるものだ。まあ、気づいた人がいたとしても、女性が旅をするときは危険を避けるために男装するのも珍しいことではないので、言い訳には困らない。

 商品見本として、毛長牛と山羊の毛を何種類か小袋に分けてもらってきた。王国の南では、毛足の長い動物はいない。一年を通して気温が高い地方だから、住人は麻や綿の衣服をまとっている。それでも、冬には朝晩の気温は下がるし、辺境の山羊の和毛で作った薄手の肩掛けや羽織ものは人気がある。薄いのに保温性が高く、光沢があるからだ。

 ただ、山羊の和毛は希少だし、肌触りはいいが、あまり丈夫ではない。毛長牛は丈夫で保温性は高いが、毛の品質にばらつきがあり、山羊以上に和毛が少ない。おまけに毛長牛は黒か焦げ茶の繊維なので、染色がうまくできず、高級品として加工しづらかった。

 駅府の門番の兵士に声をかけると、微妙な表情をされる。出掛ける時にはもっと驚いた顔だったので、まあそのうち見慣れるだろう。

 碧天は真直ぐに隊長に割り当てられた部屋へ向かった。扉を叩きもせずにいきなり開けると、寝台に腰かけて、何かを読んでいる盛容が眉をしかめてこちらを見た。

 「っ、着替えてから来いよ…」目を逸らしてうなだれた盛容にはお構いなく、碧天は勢いよく扉を閉め、椅子を盛容の正面に据えて腰を下ろした。

 「情報は?」「10日前、ここから西の衣良という村が襲われたそうだ」「村?今までは行商人だったよな?」「そうだ。だから別の盗賊かもしれないが、急に他の盗賊が現われたというのも、時期的に不自然だ」「降雪もそろそろだからな」雪は村々の往来だけでなく、盗賊の動きも鈍らせる。団徳の降雪は、適度な除雪が行われれば、村内での活動が可能な程度だ。だが、村外の街道を除雪する者はいない。盗賊にしても同じで、拠点からは離れられないのだ。

 この辺境は、他の地方に比べて、特に治安が悪いわけではない。むしろ、一つ一つの集落内ではいい方だろう。街に比べると、村民全員が顔見知りなので、監視の目は十分だし、それぞれの事情についても知られていて、お互いに助け合う習慣も存在するからだ。

 それでもそういう環境から弾かれる者もいる。よその地方から様々な事情で流れてくる者もいる。街ならば、そのような灰色の人間でも片隅にそれなりの居場所を持つこともできるが、辺境では既に存在する集落に入り込むことは難しい。

 自分たちで簡易な拠点を作り、活動できる者もいるかもしれない。それなりの頭数と、知識や技術、物資が必要だが。短期の滞在者として、集落から集落を渡り歩くのも可能だ。

 しかし、雪は大きな壁になる。渡り歩くのは不可能だ。雪の街道を往来することは至難の業だ。百歩譲って街道を走破しても、集落では冬の間の物資はその地の民のみに供される。見ず知らずの人間にいくら金を差し出されても、譲ってやれるほど余裕はない。 

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