牛の行軍10
賊は霊山山脈の西端から東端まで移動できるっ機動力を持ち合わせていて、樹海の民と一定の連携も取れる。これはかなりの脅威だから、こうやって偉華の軍が動いた。
しかし、反面確認された賊は50名足らず。樹海の民も似たり寄ったりだ。個人的に精鋭がいたとしても、対する国軍も碧天麾下の精鋭揃い。碧天の希望からどちらかと言うと斥候に向く人材が多いが、戦闘能力が劣るわけではない。
それに連携を取っていると言っても、戦術的に即時に対応できるわけではなさそうだ。職人村を賊軍が攻めるとすると、樹海の民はそれに協力するつもりなのだろうか。それにしては樹海の民が国境から動かないのはなぜか、わからない。
国境が相変わらず通れないと考えているからだろうか。
結界を解いたことは、碧天たち少数の人間しか知らないので、考えられることだ。とすると、彼らは賊が連絡を取ってくるのを待っているのだろうか?
賊が樹海の民と連絡を取るのは、職人村を攻めた後のつもりだろうか?
偉華の側の戦力としては、実は国境のほうが多い。
職人村には斥候として派遣されていた5名とその長の常6名しか兵士はいない。村人で戦えそうな者も数名しかおらず、いくら賊が正当な戦闘訓練を受けていない半端者の集まりだとしても、分が悪い。
碧天の力は常人には測りがたいが、人間である以上限度がある。
応援に呼んでいる領軍がいつ現れるか、それとも国境から関路たちを職人村へ呼ぶかと言うところだろうと、常は孫白にかいつまんで説明する。
説明の最中に、常は部下たちの声を『聴く』。「やはり、お探しの職人頭は賊の中には見当たらないようだ」
国境の樹海の民の集団の中にそれらしい姿はないか、常は国境の仲間に向けて『囁く』。六感『遠声』同士で試行錯誤して取り決めた独自の力の使い方があって、皆『遠声』持ちではあっても距離や明瞭さが異なり、その組み合わせを考慮した結果の運用だ。
「国境の集団のほうにそれらしい姿があるようです」常が孫白に告げた。孫白は頭を下げた。「行くのですか?」「はい」
孫白は阿珠の方を見た。常との会話が聞こえたのかどうかわからなかったが、阿珠は会話を終えたのか、孫白の気配を察知したのか、こちらを見て、互いの目が合った。
阿珠が小さく頷いた。
常には職人頭が無事であるとは思えなかった。そういう意味では二人を止めたほうがよいと思った。しかし、国境のほうがまとまった戦力がある。このままこの村にいるよりはそちらの方が良いかもしれない。領軍の到着まで持たせる自信はあるが。
どちらにせよ、碧天に伝えたほうがよいだろう。
阿珠は孫白のところに戻ってきた。「お父さんは国境にいるらしい」孫白が伝えると、「行こう」と阿珠が言う。
「ありがとう。もう行きます」と孫白は常に告げた。「気を付けて」常は二人に礼をし、二人は返礼して、もう一人の村民にも礼を取った。その返礼も受けてから、集会所を出た。
二人は急いで老のところへ戻った。




