戸惑い
だから、確かに白は男になりそうな人間ではない。男にならなければならない事情もない。
男になったほうがいい理由も今のところ、ない。特に就きたい職業自体もないし、女に惚れてもいない。
成人の儀式については、まだ真剣には考えていない。あと一年、性を選ぶ理由ができたら考えるが、そうでなければ、どちらも選ばずこのままでいるつもりだ。
石虎がその理由になるのかどうか、今のところは否、だ。白の中には、会わないでいたら、石虎の存在などきれいさっぱり忘れるような感情しかない。
ただ、石虎が白を見た時の嬉しそうな表情と、同時に漂ってくる『匂い』を、ちょっと喜んでいる自分がいる。これが誰かに好かれるということなんだと、気がつくと噛み締めてしまっている。
そのせいで、旦商会の荷運びに雇われることにした。少し調べてほしい、力を貸して、と言われて、つい、それくらいならいいかと思ってしまったのだ。もともと荷運びの仕事はやるつもりだった。去年までは誰かと一緒に牛を連れていたが、今年からは一人で仕事をすることになっていた。
団徳には荷運びを専業にしている人はいない。近隣の村でも専業はいないだろう。酪農の傍ら、村の牛を数頭ずつ貸し出す形で、その時都合のつく人間が役目を引き受ける。白は村長の家の人間ということになるので、耕す必要のある畑も飼っている家畜もそれほど多くないから、手伝うべき仕事が少ない。都合がつきやすかった。
旦商会の仕事は条件が良かった。石虎の頼みがなくても引き受けていただろう。石虎の求める情報は、特に苦労しなくても得られるものだった。
問題があることはわかっている。そういう情報を欲しがるということは、石虎たちは、恐らく隊商を罠にかけるつもりだ。襲うのか、騙すのか、そこまではわからないが、犯罪絡みの可能性がある。
なのに、引き受けてしまった。どこか浮ついていたのかもしれない。石虎と話していた時は、大したことではないような気がした。些細な悪戯のように感じていた。
刃を突き付けられ、情報を話すように命じられて、初めは腹が立った。石虎が衛と呼んだ奴の『匂い』が、嫌悪を表していたからだ。そしてようやく、自分が踏み込んでしまったことは、そういう脅迫紛いのものだと思い至った。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。なのに、石虎を拒絶しないのは、自分でも解せない。
石虎の「俺もそろそろ自分の家が欲しい。親父の家は出る。あの家はどうせ、兄貴のもんになるんだからよ。それには金が要るんだよな。ちょっと無理してでもさ。家が手に入ったら、白も俺んちに来いよ」という望みを叶えたいと思っているのだろうか?女になるつもりも、石虎と一緒になる気もないくせに。
畑での放牧もそろそろ終わりだ。草はほぼ尽きたが、雪がまだ降らないので、運動させるつもりで、玄を連れていく。去年、玄の毛を溜めて誂えた外套を着こんだ。特に繊細な毛を選んで作ったので、とても暖かくて肌触りがいい。本当は染めると繊維が痛むので、黒のままがよかったが、冬の天候や時間帯によっては見えにくくなる色でもあり、結局は赤く染めた。
日の出ている昼間でも、鼻先がつんと冷たい。今は晴れているが、いつ雪が降りだしてもおかしくなかった。
玄のためにとっておきの、鵬湖という霊山にある塩湖でとれる岩塩の欠片を持ってきた。前掛から取り出して掌に載せると、玄の舌がゆっくりと一定の速度で舐めとっていく。
雑貨屋の隣に住む若い奥さんが、牛を三頭と子供を連れてやってきて、「明日、作業所で集まりがあるって聞いたけど、白もおいでよ。内職の話だと思うからさ」と声をかけてきた。




