表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/236

拉致11

 いよいよ阿珠を逃がすと決めた時から、世界はより美しくなった。

 辺境の自然は阿閔には見慣れないものだが、地面に転がる石の造形の一つ一つ、水汲みに赴く小川の透明感。何より、遠くにいつも見える山の白さ、日の光を反射して光り輝いていた。遥かに高い蒼穹を見上げながら、もしも魂というものがあって死んでも憶えていられるならば、この光景も憶えていたいと考えていた。


 阿閔の意識は冴えていた。

 まず阿珠の体調と心が心配だ。できるだけ庇うようにはしているが、弱い者を虐めるのが好きな伏は何かと阿珠に絡もうとする。ぼんやりすることが増えた阿珠から何らかの反応があると、好きな子を虐める幼子のように喜ぶ。

 もしも、阿珠が生き延びられるとすれば、杜は生かしておく方がよいだろう。

 阿珠は辺境を知らない。それは阿閔も同じだから、仮に二人で逃げ出せたとしても、この辺境で野垂れ死にするのが落ちだ。どこで食料を調達すべきかもわからない。この先より深刻になる寒さに対してどうすればいいかもわからないのだから、その術を知っており、売り物であっても乱暴に扱わない杜は必要だ。


 張はおおむね杜のいうことを聞いていた。何度か殴られたし、反抗するとすぐかっとなって手を出してくる人物ではあるが、大人しくしていればそれほどひどいことはされない。

 とは言え、伏が来る前は張のことを問題視していた。逃亡を試みれば、恐らく反抗心をくじくためにも張に酷い目に遭わされるだろう。

 それに張の精神はどうも不安定に見えた。酒量も杜に比べてずいぶん多い。杜が再三それだけの量を確保することの苦労を愚痴っていた程だ。


 酒は辺境では一種の寒さ対策でもあるので、子供ですら嗜むものだ。酒に頼るのは好ましくないが、その側面もあり、好んで飲むわけでなくとも飲むことがある。杜はそういった飲み方をしており、双子にも必要ならば飲ませると言ったことがある。それに対して飲ませたくない張は、慌てて双子に毛皮の外套を着せてやったのだった。

 張の飲み方は依存症のように見えた。


 職人村でも、酒を飲み過ぎて身を持ち崩している者がいた。職人の中でも、無口で人付き合いの悪い者が、酒にはまりやすかった。

 阿閔はあまりそういうことには詳しくなかったが、彼女との付き合いで酒場にも顔を出すようになると、いつも酒場の隅で一人酒を飲み続けている職人を見かけるようになった。

 時折酒場の主人が彼を嗜めるので、揉み合いになることもあった。それでも酒場に来て飲むうちはまだ大丈夫だと彼女は言っていた。一人、自分のねぐらで壁に向かって飲むようになったら、まずいのだと。

 その時、想像した壁に向かう飲み方が、張の姿に重なるのだ。


 監視者が二人だった時は、張が排除すべき対象だった。しかし事情が変わった。無理をしてでも、排除するのは伏である。阿珠が逃亡に失敗した場合でも、張のことは、杜が押さえてくれるかもしれない。

 それに期待するしかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ