拉致10
その時は、一人の男の形を取って現れた。
男は、張の昔馴染みの仲間だった。右の指を二本失ったことが一番目につく。顔だちは辺境のごくごく普通と言われる細い目の男だ。
もともと張と好みがあって、行動を共にすることが多かったのがその伏だった。
どこか不安定で、その歪さを他人を害することで紛らわしているような張に比べ、伏は感情も安定しており、頭も悪くなさそうな男だった。
そのため、集落に出入りして、情報や物資を集める役割は伏が務めることが多かった。
今回の拉致は、張や杜、伏以外にも賊の数人が職人村の近くの樫という川辺の町に潜んでいたときに持ち上がった話だった。
樫は厳河の支流沿いの町で、規模はそれほど大きくないが、渡し場と街道があって、交通上の要所になっていた。
要所なのに規模が小さいのは、国の主導で作られた町だからだ。交通の要所として必要な施設を作り、そのために必要な人員のために必要な家や店を作った。
町の郊外には畑や牧場も作られたが、農地にはあまり向いていない土地だったので、十分な収穫量にはならなかったそうだ。
周囲の荘園から食糧を搬入しており、それも交通量を増やす一因になっている。規模は小さいのに、始終人の出入りが激しい町となっている。
その地に張たちが属する組織の拠点があった。拠点と言っても、張たちは自由に出入りして寝泊まりしていた。拠点で休んでいる間に、情報収集をして、次の仕事を探す。場合によっては組織から仕事の募集がかかることもあった。食事や金銭は支給されず、特に拘束されるようなこともない。
張たちのような人間にはその緩さがよかったのかもしれない。拠点にいれば仲間と落ち合うことができ、物騒な相談もできる。
張はそこでよく組んでいた伏と落ち合い、伏が仕入れてきたその情報に基づいて双子を拉致した。ただ、伏は他にも関わっていた仕事があったらしく、もう一人、杜を引き込んで双子を連行し、伏は途中で合流することになった。
杜は二人に比べて理性的な人間であり、進んで暴力を振るうこともなかった。伏からすると、人身売買には杜のような人間も必要なのだそうだ。伏は人を壊すことに快楽を覚える人間だったので、それをやると奴隷として売り物にならないからだ。
双子は見目もよいし、珍しいのでかなり高額になりそうだ。壊すのは、金にならない奴にしておかないと、生きていくには金が要るのだ。
伏は別行動しつつ、杜と数度情報交換して、物資を補給、その上で双子を売りさばくための伝手を辿っていた。
買い手と繋げる手を打ってから、伏は張たちと合流した。
監視者が3人になって、いよいよ逃亡は難しくなった、と阿閔は臍をかんだ。
自分としては機会を窺っていたつもりだったが、機会を逸したのだとわかった。
時が経つにつれ、阿珠の気力が減って行く。もう時間をかけるわけにはいかなくなった。
どうやって逃げ出すのか、方法もはっきりと決められないのもあったから、決断ができなかったのもあった。阿珠が積極的でないから、自分が主導しなければならないと思っていたから、二人で逃げ出すことを考えていたが、阿珠が一人で逃げてくれるのを期待するしかない、と腹をくくった。




