甘い『匂い』
石虎は駅府に宿泊している旦商会の様子を探りに来たのだった。「衛の奴が、白は今回の件に乗り気じゃないつうから。やばい奴らなら、自分で確かめんとな」配達のついでに情報集めというわけだ。ちなみに衛とは、錫金の牧場で、白の首筋に刃を向けた当人だ。
石虎は駅府から出入りする何人かの姿は見かけたと言う。「商人じゃなかったみてえだな。商会長がいるのか?」「商会長はいないと思う。ほとんどが傭兵で、指揮を執ってるのは隊長だよ。一人だけ商人らしいのがいるけど、若いから商会長じゃないと思う」
「一人だけ?変だな」石虎は眉根を寄せた。「大体は商会長と中堅の補佐役、下っ端の数人が商人で、それと同じくらいの人数の護衛、つうのが多いんだが。ずいぶん護衛が多いし、商人が一人だって?そいつが商いを全部仕切ってるのか?一人で全部は無理だろ」
もっともな疑問だ。白の目の前で商取引を行うことはなかったので、碧天が商いに関係するすべてを取り仕切っているのかはわからない。それに、通常護衛に雇われるような傭兵は、商売の過程には手を出さない。荷運び、積み込みなどしない。なのに、彼らは積み込みをした。傭兵ではないのだろうか?
「怪しいなあ。けど、金の匂いはぷんぷんするな!」石虎は両手の拳を勢いよく打ち合わせた。「もうちょい探るわ。白も情報集めろよ。また来る!」
「駄目だよ、やばいって!」白は咄嗟に石虎の袖を左手でつかんだ。石虎は白のその手を右手で握った。「嬉しいな。俺の心配をしてくれんのか?」石虎は両手で白の掌を包み込んだ。「大丈夫だって。俺強いからさ。でも嬉しいなあ、心配してくれるのかあ。ちょっとは俺のこと、好きになってきた?」
白は捕らえられた自分の手を引っ張り出そうと足搔いていた。石虎の顔が近すぎるのも気になった。こんなところ、誰かに見られたら、何を言われるか、わかったものではない。しかし、石虎の両手は白の手を放さなかった。
「照れてるだろ。本気で暴れれば、さすがに手を放すよ。白は可愛いな」石虎は溶けそうな顔で笑った。甘い『匂い』が、白も飲み込んでしまいそうだった。
石虎は三年前から飛脚を始めて、この村にも顔を出すようになったと言うが、白自身の記憶はせいぜい一年前だ。たまたま村長に宛てた荷物を、伯父も伯母も不在だったので白が受け取ったのだ。やたらとじろじろ見て来る若い男に、村長の縁者には思えないのかと、腹が立ちかけた。
だが、『匂い』が男の本心を教えてくれた。
数年前結婚した近所の楊宝が、結婚式で彼女の手を握って盛大にぶちまけていた『匂い』。甘ったるくてむせ返るような『匂い』は、花の香りと言うより、熟しきって柔らかくなった芒果のものだ。
次に会った時から、石虎は白のことを「可愛い」と言い、にこにこと笑って甘い『匂い』を漂わせる。そういう扱いをされたことがなかった白は、戸惑い気味だった。
これが、噂に聞く、「口説く」ってことか。




