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道行

 牛車は馬車と違い、基本的に農村や山村で使われている作業用の荷車だ。当然豪華な仕様どころか、幌も座席もない。御者台すらない物もある。この隊商が集めた牛車も例外ではない。だから、牛車に乗っている前後の2人も麦か何かの袋の上に座って揺られている。

 真ん中の牛車に乗っている人間は、外からは見えない。荷台に乗せた大きな木箱を綱で固定し、四方を囲ってしまったからだ。中央にできた隙間に潜り込んだ当の本人がそれをやったのだが、その手際の良さと意味の分からなさに呆気にとられ、ただ馬鹿みたいに眺めてしまった。なんだか負けたような気がする、と(ハク)は唇を噛んだ。


 今朝の五刻に、隊商と契約した牛と牛飼たちは、街の北側にある山拝門の門前広場に集合した。街に四つある門前には、必ず広場を設けてある。門では人や物品が出入りするから、馬車や馬が集まる。それらを扱う馬宿も立ち並ぶ。そこで馬を替え、手配した荷物を受け取ったり、人と待ち合わせをしたりする。

 だからそのこと自体は至極当たり前だったのだが、(ハク)が到着した時には既に馬も馬車もなく、牛車が牽かれてきたところだった。荷物は地面に積まれていた。馬車で運んで来たのだとすれば、馬車から牛車に直接積み替えるのが普通である。

 さらに、牛飼とは別に人足たちが現れて積み替えの作業を始めた。

 牛飼たちは牛に牛車を牽かせたり荷を運ばせたりするために雇われるのだから、積み替えが仕事のうちに入るのかどうかは、いつも微妙なところだ。だが、こすっからい雇い主だと当たり前のように積み替えをさせた挙句、「黙って言われた通りにしろ」とくる。そういう奴は地位が高いとか破落戸を雇っているとか、逆らえないような何かを握っている。腹を立てるだけ損だ。良心的な雇い主の場合は積み替えの分、報酬に色を付けてくれる。積み替えのためだけに人手を用意した雇い主は初めてだ。

 変わったところはまだ、あった。隊商の中でも一際体格の良い人物が、牛飼たちを集めて挨拶をしたのだ。隊商の面々が全員ずらりと並び、牛飼たちがその前に集められた。

「我々は王都華城の旦商会の者だ。俺はこの隊商の長を務める盛容、基本的には俺の指示に従ってほしい。俺の左にいるのが副長の関路、右が補佐役の碧天だ。俺でなければこの二人のどちらかが指示を出す」

 盛容は30人全員の名を紹介し、牛飼たちの名を一人一人尋ねた。関路は盛容に引けを取らぬ体格で、二人とも腕に覚えがあるのか腰に剣を佩いていた。

 他にも槍や弓などを携えた者がいたが、全員ではなく、碧天も武器は持たず、代わりに筆と木簡を持ち牛飼たちの名前を書きとっているようだった。これも滅多にないことで、十年ほど前に太守の役人たちが辺境でも住民の戸籍を更新するためにやってきて、(ハク)の住む山村で聞き取り調査をしたらしいのだが、(ハク)自身は子供だったのでとんと記憶にない。(ハク)の身近には、すらすらと字を書く人間は多くはなかった。

 この碧天が例外の一人だ。隊商の中では一番小柄で、服装も違う。隊長以下、動きやすく目立たないくすんだ緑や土色の上下を着て、丈夫そうな革靴を履いている。碧天だけが色はくすんでいるものの、青い膝下まである、かなり大きめの上着を着ている。大きいので上半身の体の線が全然わからない。

 その後、牛飼は牛を車に繋いだのだが、その間に碧天は自分が乗る荷台に木箱を積んでのけた。華奢な見た目の割に一人でさくさくとやったので、意外と腕力があるらしい。

 どう考えても普通の商人ではないだろ。道行の間に、こいつらの素性を探る機会があるはずだ。

 日が昇り切ったころ、街道の傍らに石積の井戸が見えた。盛容が先頭の牛車から隊を振り返って手を振った。

 「予定通りだ。ここで休もう」

 牛飼たちは牛を車から放し、街道の傍らに生える草むらに誘導した。数人が井戸から水を汲み、数人が周囲に散らばって、焚き付けになりそうな枯れ枝や枯れ草を探した。(ハク)も、手持ちの桶に水を入れてもらい、茂みの傍に置いた。鈴を鳴らしてやると玄がのそのそと歩み寄ってくる。

 玄は唯一の(ハク)の所有する牛だった。他は現金収入を欲しがった村人の牛で、牛が稼ぐ荷役料の二割が面倒を見る(ハク)の取り分だ。だからできるだけ多くの牛を集めたかったが、これが限度だった。牛は村人にとって大切な財産だ。一頭でも欠かすわけにはいかない。(ハク)は一頭一頭の目や口元を観察し、蹄を持ち上げて傷ついていないかを確かめた。

 「仕事熱心だね」

 背後から声がかかった。


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