石虎
一足先に小屋の裏手に回り込み、待っていると、周囲をきょろきょろと見まわしながら石虎がやってきた。「誰かいた?」自分が来た時には人影は見当たらなかったがと思ってそう聞くと、「村長も奥さんもいない。せっかく頼まれてた茶葉を持ってきてやったのによ。しかも、蜂蜜付き。あの奥さん、ちょっとがっつきすぎだよな、タダでもらえそうだからってさ」と村長の家を顎で示した。石虎はお世辞にも整った顔立ちではないが、背が高く男らしい印象がある。斧や棍棒をよく振り回すせいか、聴き手の右腕が左よりも太く長かった。そして自分の感情を隠さない。
「そうでなきゃ、こんなに立派な家は建たんか。さすが、団徳の村長の家。二階もあるし、露台もあって、金、かかってんねえ」顎の無精ひげを撫でながらにやにやしている。
確かに、駅府を除けば、この村では一番大きな家だ。この村には宿屋は一軒しかない。宿屋では対応できないような場合にはお客を泊めることもある。大勢が集まるような会合は集会所を使うが、少人数の会合なんかは村長の家を使う。そういう必要性もあって大きく建てられているのだ。
壁は日干しレンガを基礎に泥と土でしっかり塗り固められている。屋根は木材と茅で葺かれ、窓と扉も木材だが、細かな彫刻と赤を基調にした塗料で細かな模様が描かれている。その凝った装飾も他の家にはない。
「俺もあんな家に住みてえな。白、そん時は一緒に住もうぜ」一際大きくニヤリと笑い、石虎は左手を伸ばして、白の右耳をそっとなぞった。『匂い』が一層色濃くなる。
石虎は団徳より西南に位置する小さな村の村長の息子だという。次男らしいが、村で一番力が強く足も速かったので、男になることを許された。思ったことをすぐ口に出すせいで、あまり賢いとは思われず村長には向いていなさそうだったが、明るい言動で人気があった。
次男なので、村長にはなれない。それで飛脚になった。足が速いだけでなく、持久力もあって一日中走っても平気だし、馬にも牛にも乗れた。今は鹿を特訓中だという。
鳥遣いの連絡網もあるが、簡単な文しか送れないし、荷物は無理だ。飛脚はある程度の荷物も運ぶ。この辺境を始終走り回っている。なくてはならない職業だし、結構稼ぎもいい。子供には憧れの職業だった。
団徳にもよく顔を出すから、石虎がここにいても不自然ではない。
「伝言、聞いたぜ。奴ら、傭兵だって?」笑顔が崩れて、口角が大きく下がる。「人数はそこそこいるから面倒な奴らには違いないけど、一度に全員とやりあわなきゃ楽勝だぜ。王都から来たんだろ?いい稼ぎになるはずだ」
王都から来たから、金目のものは持っているかもしれない。しかし、王都から来たということは、この国で一番人材が豊富なところから来たということだ。そんなところで戦闘を職業に掲げた人間が、弱いだろうか。
石虎は再び笑った。石虎はよく笑う。白を見るとまず笑うので、落ち着かない気持ちになる。他にそんな人はいない。意地悪なことを言うつもりではなく、挨拶のような反射的なものでもなく、白に何かして欲しいことがあるからご機嫌を窺うための笑いでもなく、石虎は白を見ると嬉しくなるのだ。
そんな人が今までいただろうか。




