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回想

 一番南側の部屋に入ると、二人はすぐに部屋中を見回した。ちいさな寝台と椅子が一つあるだけの素っ気ない部屋だ。窓もなければ絨毯もない。盛容は寝台の覆いを取った。「寝具すらないぞ。この部屋でいいのか、天」

 「寝具くらいどうとでもなるだろ。だけど机がないと不便か」「窓がないのも善し悪しだな。埃っぽいし、扉を塞ぐと逃げ道がなくなる」「問題ない」あっさりと言う碧天を盛容はじっと見た。「変わったな、お前」

 意図した以上にしみじみとした口調になったことに、盛容は内心失敗したと感じた。「そりゃ変わるだろう。あんたの俺に対する態度が変わらないことのほうが驚きだよ」碧天がニヤリとし、その表情にも心が動く。こいつ、こんな表情をする奴だったんだな。

「それが条件だったからな」「?なんの」振り返った碧天に、仕返しとばかりに盛容が口角を上げる。「殿下のご命令を拝受する条件」碧天は器用に左の眉だけを上げてみせる。「お前が条件を付けたのか」「そう。今更態度を変えるのは面倒だからな」

 「そうだな。俺も態度を変えないほうがいいか。では、先輩。尾行ができる兵士を二人ほどお貸しいただきたい」真顔になった碧天の言葉に、盛容は二年前の光景を思い出した。


 王宮内にある、後宮の一室。

 今上王の第二王子昇陽が露台に出て、夕日が沈む空を眺めている。盛容は皇子の護衛として勤め始めたばかりだった。王子との付き合い自体は五歳ごろに遡る。両親は自分の息子を第二王子の側近に押し込むべく、早い段階から根回しをしていた。

 盛容は自分が頭が回る方だとは思っていない。馬鹿ではないと思うが、長時間座って勉強するのは苦痛だし、剣を振ったり馬に乗ったりしているほうが好きだ。だから、自分がどの派閥に属したほうがいいのか、誰が国王になるべきか、なんて自分で決められるとは思わない。親に決められたことに異議はない。

 しかしそう思うのは、主として仕えるのがこの昇陽王子だからなのだろう。

 盛容は王子の背中を眺め、次いで露台を端から端まで観察し、それから自分が佇む部屋の中をぐるりと見まわす。

 そこには王子と盛容以外の人間が一人いた。

 部屋には分厚い絨毯が何枚も敷かれているが、その下は白い花崗岩の床だ。その花崗岩に額を付けて蹲っているのが、碧天だった。

 今よりもさらに小柄で、髪は長く伸ばしきっちりとまとめられている。黒に近い色の飾り気のない長着を着ている。明るい緑色の生地に細かく銀糸で刺繍が施されている豪奢な王子の装いとは対照的だ。

 王子が振り返った。夕日が逆光になり、王子の表情は見えない。碧天は床に顔を伏せているので、どんな表情をしているのかわからない。ただ、どちらの声も硬かった。

 この時点での碧天は、盛容にとってはそれほど親しくない後輩だった。盛容が知る限り、碧天は無口で真面目だったから、声の硬さも違和感はなかったが、昇陽のほうは初めて聞いた声と言っていい。その硬い声で、王子は言った。

 「要望を聞き入れる代償に、貴殿は何を差し出すつもりか」


 「代償のほうが多い気がするな」と言う盛容の呟きが耳に入ったのか、碧天はまたニヤリとした。

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