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(熱が……癒えぬ)

それは、体温の事なのか、心の熱か、あるいは。


 彼は次第に弱くなる息の下でそんな事を思っていた。薄く開いた視界に居並ぶ親族の姿が見える。薬師と思しき者もいる。

 いつからそうしているのか、既にわからなかった。人も入れ替わり立ち代わりなのだろう。臥せってからかなりの時が過ぎているはずだった。

 誰かが彼の状態を起こし、何かを口に含ませた。飲み下す力も、最早ほとんど残ってはいない。それでもどうにか、少しばかりを飲み込んだ。むっと、草の匂いが鼻を突いた。恐らくは薬湯であろうと思った。

 再び寝かせられた床の中で、遠くに聞こえる祈祷の声が耳に入った。自分を何とかこの世に留めようと、周りの人間が必死になっているのが分かる。病を退け、元のように一族の長として働けるようになる事を望んでいる。

 それは、各々の利権のためであるかもしれない。しかし、何を胸の内にひそめて居ようとも、今、彼の快癒を望んでいる事は間違いなく事実なのだ。

(それで、良い)

彼は心の中で思った。

 それだけの権力を得たのだ。自分の生死が多くの人間の人生に大きく影響するような、その立場に居られる力を。それを得るために多くの犠牲を払い、弛まぬ努力を続けた。その結果だ。

(なればこそ……死ねぬ)

彼は何とか体に力を入れようとした。

(死ねぬ、死ねぬ、死ねぬ!)

心の中で強く、己の意志を奮起させる。

(まだ、死ねぬ。おのれ、奴ら、我らを滅そうとするか……)

彼はかっと目を見開いた。今際の際にあって、どこにそんな力があったのか。皮肉にも、その力を起こさせたのは、彼に敵対していた者達だった。

(儂が亡うなったら、どうなるのじゃ。残された者どもはどうする)

既にはっきりとは像を結ばない視界を、出来うる限り巡らせた。

(どうもならん。儂が……儂が生きねば、儂は、生きねばならんのじゃ)

彼は仄かに明るく見える何かの光に、大きく手を掲げて伸ばした、つもりだった。しかしそれは、彼の指をわずかに動かしたに過ぎなかった。

(何故じゃ)

生きたいと願う彼の意志に反して、体は既に死に至る備えを始めていた。運命に従い、天命に従い、彼の魂を肉体より解放しようとしている。

(儂は……まだ……)

息がますますか細くなり、そして。


ひゅっと最期の息が鳴った。


そして、辺りは暗闇に包まれた。


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