第6話「博愛ゲーム」終幕
博愛ゲームの幕は閉じた。だが、生き残れた人数は俺と高峰と犬山だけ。しかも最後の五ゲーム目は無意味な潰し合い。多くの生徒が死んでいく様を見続け、高峰も犬山も膝から崩れ落ちる。
「あんた、こんな卑怯な真似をして…何がゲームなの!?」
「嫌ですね~。私、最初に言ったじゃないですか~。『我が主神の命令により、"交配種共"には死んでもらうことになりました~』…って」
上機嫌なミカエルは一丁の拳銃をどこからともなく取り出して、俺たちの足元に投げ捨てた。
「それはこの『博愛ゲーム』を生き残れた景品です~」
「景品、だって…?」
「私の役目は『博愛ゲーム』を行うことだけですから~。後はその銃を持って、交配種共の好きにしてください~」
ミカエルは何事もなかったかのように、教室から出ていこうとする。それを見た高峰は落ちている拳銃を拾い上げ、銃口をミカエルへと向けた。
「おやおや~? もしかしなくても、私を撃つんですか~?」
「あんたがッ…あんたが篠塚を殺した…!!」
「"みんな"ではなく"特定の交配種"。それはあなたの愛が故の復讐心ですね~」
怒りに満ちた顔で睨みつける高峰。ミカエルはゆっくりとその場で振り返り、彼女の怒りに対してそう笑顔を返した。
「アイツだけだった! 私のことを気にかけてくれんのは、私のことを分かってくれんのは、篠塚しかいなかったのにぃ!!」
「……」
「篠塚を殺したあんたを、ここで殺すッ!! 絶対にッ!!」
両手で構える拳銃が、僅かに震えている。それに気が付いたミカエルは、小首を傾げつつも、高峰に指先を向けた。
「それは」
「……?」
「それは恐怖の感情ですか? それとも怒りですか?」
興味を示しているのか、そんなことを問いかける。高峰はギリッと唇を噛みしめてこう叫んだ
「どっちもだッ!!」
「なるほどなるほど~。恐怖と怒りの感情が混ざり合うこともあるんですね~」
ミカエルは感心するように何度も頷く。その素振りは『知らないことを学べた』ことに対しての嬉しさが含まれているようにも見える。
「でもこの『博愛ゲーム』を生き残れるなんて驚きですよ~。"他の場所"でも生き残りがいるようですし、"交配種"の力を侮っていたのかもしれません~」
足元に落ちている村上の生徒手帳。それを拾い上げ、中身をペラペラと捲り始める。
「ここは『青葉高等学校』という建造物なんですね~。私たちの"ゲーム"で他に生き残れた"交配種"たちはどこにいるんでしたかね~」
「殺すッ…!!」
高峰が拳銃のトリガーを引いたことで、一発の弾丸がミカエルの持っていた生徒手帳を貫いた。
「あーあ、撃っちゃいましたか~」
穴の空いた生徒手帳を落とし、俺たちへ変わらぬ笑顔を向けるミカエル。しかしその声は、どこか残念そうだ。
「やはり交配種は愚かですね~。自分の置かれている状況を冷静に判断できないなんて~」
「黙れ…! 次はちゃんと狙ってやんからなッ!」
高峰が再び照準を合わせようとした時、鈍い音が廊下から聞こえてくる。集団で走り回るような、そんな"足音"が。
「実はここを除いて、この建造物の至る場所に"メノス"と呼ばれる化け物がいましてね~」
「…メノス?」
「一言で表すならば、交配種共の"負の感情"そのものです~。憎しみ、怒り、悲しみ…。それらが具現化してるんですよね~」
ミカエルはそう説明をしながら、廊下側へと視線を向ける。
「ここに入ってこないよう、私が言っておいたんですけど~。"とある合図"が聞こえたら、入ってもいいですよ…とも言っておいたんですよね~」
「――!」
「それでその合図っていうのが~」
その瞬間、引き戸と窓が突き破られ、
「――銃声なんですよね」
人の形ならざるモノが一斉になだれ込んできた。
「うわぁ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"!!!」
俺はそのおぞましいモノを目にして、腰を抜かしてしまう。
「く、くんなぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ーーッ!!」
高峰はトリガーを何度も引いて、発砲を繰り返す。けれど弾倉に入った弾丸は多くて十発程度。そんなものじゃ、メノスとやらを防ぎきれない。
「嫌"ぁ"あ"ぁあ"あ"ぁ嗚呼あ"あ"ぁッッッ!!!」
何十ものメノスが鋭い刃で高峰に喰らいつき、その痛みに断末魔を上げる。俺は何とか窓から逃げようと、振り返るのだが、
「だ、ずげ…で…」
「――ぅッ!!」
灰色の空が広がる窓の外から、こちらを覗くのは巨大な瞳。そこから伸びてきた触手が、犬山の首を絞めつけていた。その顔は涎を垂らし、半ば白目を剥いている。
「酷い有様ですね~。いつでも人間を喰らうのは、"負の感情"ということなのでしょうか~」
俺の手元まで滑り込んできたのは、高峰の血が付着した一丁の拳銃。それをすぐさま握りしめ、片手で構えた。
「おや~? 抵抗するんですか~?」
が、一人だけ生き残ったこの状況はあまりにも絶望的なもの。この拳銃だけで、どうにかできるわけがない。
(化け物に喰われるぐらいなら…!)
苦しんで死にたくはない。だから素直に自害を選ぶ。俺は躊躇せずに、拳銃を自身の口の中へと突きつける。
「自ら命を絶とうとするんですか~。"負の感情"は自殺にまで追い込む恐ろしいモノなんですね~」
トリガーに指を掛け、俺は静かに目を瞑った。
(……)
脳裏に走馬灯なんて過らない。死ぬ直前はこんなにも、脳内をかき乱されるものなのか。思ったことは、ただそれだけだった。ただそれだけを思い、そのトリガーを引く。
「……ぁ?」
意識は飛ばない。意識が落とされない。俺の耳に聞こえてきたのは、何かが掠るような乾いた音だけだった。
「ダメですよ~。一人だけ楽に死のうとしたら~」
「あ…あぁ…」
目を開ければ、化け物たちが俺にゆっくりと詰め寄ってくる。
「死に方にも、"平等さ"が必要ですから~」
肉体を滅多刺しにされ、貪られ、千切られる感触。アドレナリンによる痛みの緩和などはない。痛い、痛い、痛い、とにかく痛かった。子供のように泣きじゃくり、喚き散らかし、もう、声すら、出せな――
――――――――――
「結局、全員死んでしまいましたね~」
面影さえ残らない遺体を一望して、ミカエルは青葉高等学校の屋上へと移動をする。その最中にも、大量のメノスや生徒たちの遺体が目に入った。
「ミカエル。そっちは終わったようね」
「あらあら~。"サンダルフォン"さん…で良かったんでしたっけ~?」
「ええ。その名前で構わないわ」
屋上でミカエルを待っていたのは"サンダルフォン"と呼ばれる金髪の女子高生。黒色のパーカーを羽織り、髪はミディアム程度の長さ。特徴的なのは、人当たりの強そうな顔つきだ。
「そちらの交配種はどうでしたか~?」
「期待外れ…と言いたいところだけど、たった一人だけ厄介な交配種がいたわ」
「そうなんですか~。確か"サンダルフォン"さんの担当って、"真白高等学校"と呼ばれる建造物でしたよね~」
サンダルフォンは屋上の手すりに持たれかかり、自身の履いていたスカートを軽く捲ってみせる。
「この身体に傷を付けられたのよ。交配種だけの力でね」
「ほえ~。それは凄いですね~」
その下には、黒色のニーソックスごと、艶やかな肌に切り傷が付けられている。それをじっと見つめていたミカエルは、深く関心していた。
「名前は雨風千春だったかしら? すべてにおいて優秀な交配種だったわね」
「そうなんですか~」
「そうそう、"ベルフェゴール"からも連絡があったわ。どうやら"紫黒高等学校"という場所でも、優秀な交配種がいたみたいよ」
ミカエルはそれを聞くと、大きな溜息をつく。それは彼女自身を驚かせてくれるような、そんな交配種と巡り合いたかったからだ。
「そういえばサンダルフォンさんが話していたその交配種って、どうなったんですか~?」
「メノスの代わりに、私が殺してあげたわ」
「わ~お。残酷ですね~」
ミカエルに背を向け、サンダルフォンは灰色の空を見上げる。
「交配種への復讐。我が主神がそれを果たす時は近いわ」
「そうですね~。邪魔が入らなければ――」
刹那、二人の目前まで迫る青白い斬撃。ミカエルとサンダルフォンは飛び退いて、それを回避する。
「――いいんですけどねぇ~」
「……」
現れた者は、二本の刀を腰に携えた青髪の女性。
「これ以上、好き勝手にはさせない」
「我が主神の予想通り…。"過去の遺産"のお出ましね」
その女性は間髪入れずに、二人へと距離を詰め――