第5話「博愛ゲーム」後篇
折り返し地点である三ゲーム目。投票前の話し合いの十分間。ここまでで、既に河井を含めた七人が犠牲となった。俺への疑いは晴れつつあるが、クラスメイトたちの周囲に対する不信感がより増しているのは確かだ。
「これでコイツが裏切り者じゃないってことは分かったけどさ。そのおかげで、むしろややこしくなってんよね」
「…そうだな。さっきの点数配分で、いよいよ誰が裏切り者なのかがさっぱり分からなくなってきた」
級長は高峰に同感すると、混迷する真実に思わず溜息をつく。持ち点が勝手に引かれ、投票した点数が増えているという事態。裏切り者がいたとして、それをどのように行っているのだろうか。
「裏切り者は、どうやって六人全員に投票したんだ…? それもその人物の持ち点を利用するなんて…」
「そいつはこのゲームがさぞ楽しいでしょうね。思ったように私たちを殺せるんだから」
高峰の言う通り、これでは裏切り者によって好き放題されるだけ。しかも一人ずつではなく、複数人を一斉に陥れることができるのだ。すぐにでも裏切り者を見つけなければ、この教室で何十人もの犠牲者が生むばかり。
「ていうか、どう考えてもルール違反じゃない? 勝手に点数配分できるとか、もうこのゲームも成立しないでしょ」
「あの人は現時点で何もしない。つまりソイツは、ルールに違反していないということになる」
ゲームマスターともいえる人物はミカエル。アイツの立場上、誰かがゲームを崩壊させてしまう違反を犯せば、絶対に対策を練るはず。
「あ、あの…」
「なに?」
犬山は何かを言いたげな様子で、おどおどとしていた。俺たちはしばらく言葉の先を待っていたが、いつまで経っても話をしない。
「言いたいことがあるならハッキリと言ってくんない? 談笑なんてしてる暇ないんだし」
「えっと、その…。何でもないです…」
「はぁ?」
この過酷な状況下の中で、高峰は半ばイライラしている。それを察した犬山は、そこで口を閉ざし、沈黙してしまった。
「それでは投票時間に入りましょうか~」
犯人の目星すらつかないまま、ゲームは進行していく。三ゲーム目の投票で、七人が死に。四ゲーム目の投票で、六人が死んだ。その度に、級長は頭を抱える。クラスメイトたちを救えなかった…と。
苦しむ級長の横で、俺はただ、クラスメイトが死んでいく様を眺めているだけ。
「最後の五ゲーム目です。残りの交配種は十人ほどでしょうか~」
そして残ったグループは村上率いる六人組と、俺たち四人。裏切り者が潜む状況で、二つだけのグループが残った時に起こることは、
「級長。お前らの中にいるんだな?」
「俺たちじゃない。お前たちの中にいるんだろう」
お互いへの反発。自分たちのグループを除けば、必然的に相手のグループ内に裏切り者が潜むということになる。今まで良好な関係を築いていた村上と級長も、そこで破綻してしまった。
「裏切りもんを庇うってことは、級長やそいつらもグルなのかよ」
「そっちこそ。裏切り者を隠そうとするなんて、一体どういうつもりだ」
村上と級長がお互いに詰め寄り、鋭い眼差しで睨み合う。どちらが先に手を出すのか。ピリピリとした雰囲気に、辺りの空気が張り詰め――
「……?」
そこから両者ともが動かなくなった。硬直したと言えばいいのだろうか。お互いに睨み合ったまま、ピクリとも動かなくなったのだ。
「何だ、これ…」
級長や村上だけじゃない。側に立っていた高峰も犬山も。村上のグループにいたメンバーも。笑顔を浮かべているミカエルさえも。誰もかれもがその場に硬直していた。
「ごきげんよう」
「…!」
背後から声を掛けられ、俺はすぐさま振り返る。
「誰だ…?」
真っ赤な瞳を持つ金髪の少女。肩を露出させた白を基調とする衣服をまとい、フードを被っていた。所々、真っ白な羽の形をしたアクセサリーが付けられており、コスプレ衣装なのかと目を疑ってしまう。
「我が主神のご命令で、"貴様"の元へ訪れました」
「…は?」
「我が名は"オリーブ"。以後、お見知りおきを」
オリーブと名乗る少女は自己紹介を終えると、俺の机の上に腰を掛けた。その無愛想な表情と瞳は、どこか"懐かしさ"を感じる。
「さてそれでは…。このオリーブが、"貴様"の元へ訪れたワケを話しましょうか」
「いや待ってくれ。今、何が起きているんだ? どうしてこいつらは動かなくなって…」
「それはこの世界の時が止まっているからです。動けるのは私と貴様とそれと…」
一瞬だけ窓の外を眺め、何やら考える仕草を見せる。時が止まっていると教えられた俺は、朝から非現実的なことが起こり続けていることで、その言葉を一切疑わなかった。
「…まぁいいでしょう。今は貴様に伝えなければならないことがあります」
「伝えたいこと?」
「はい。まずはこれを受け取ってください」
オリーブが小さな手の中に隠していたものは、蒼色の装飾が施された指輪。少女はそれを俺に手渡してきた。
「その指輪は"コントロールリング"。あらゆる万象、事象を"操る"ために必要なものです」
「万象に事象…? 何なんだよそれは?」
「用途はいくつもありますが…。今の貴様では、"コントロールリング"を持て余すだけでしょう」
そう言いながら、自身の右の中指を何度も触る。"そこにはめろ"と促されているようで、俺は仕方なく指輪を少女の前ではめてみせた。
「まず貴様は、命運に関わる"チョイス"をしなければなりません」
「…チョイス?」
「死ぬか、生きるか。貴様の言動一つで、それが大きく決まることになる運命の分かれ道。貴様はどちらを選択するのか。それを"チョイス"と呼びます」
要は自分の人生に終止符を打たれる可能性のある局面。そこで俺がどのように動き、どのように選択をするのか。"チョイス"という言葉の意味はそういうことなのだろう。
「私はそのチョイスが迫る度に、貴様の前へ現れます」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! じゃあ、お前が今ここで姿を見せているってことは…」
「ご察しの通りです。今がその"チョイス"を行使する場面」
級長と村上がお互いに睨み合う状態。生き残りは十人だというのに、協力する気配は一切見えない。この緊迫感に包まれた今こそが、死ぬか生きるかを決める場面。
「コントロールリングの本領は操ること。貴様は自分自身の運命を、その指輪で操ってみせるのです」
「そんなこと突然言われても…。そもそも、お前は敵じゃないのか? あのミカエルとやらと同様に、我が主神だとか言って――」
そう言いかければ、オリーブが小さな人差し指を俺の唇に押し当ててくる。
「私は貴様の味方で、あの者とは仕えている主神が違います。貴様の前にこうやって姿を見せたのも、あの者とは違う我が主神のご命令ですから」
「…味方なら、この先の最善の選択を教えてくれよ。俺は死にたくないんだ」
「残念ですがそれは叶いません。貴様の頭で考え、その運命を操ってみせてください」
オリーブは俺の唇から人差し指を離すと、颯爽と背を向けた。
「貴様は我が主神に選ばれました。私も我が主神に貴様の世話を任されました。例え貴様が死のうと、貴様の記憶が消えてしまおうと…。その役目は、一生果たさなければなりません」
「……?」
「それでは貴様。どうかご武運を」
辺りの凍り付いた空気が徐々に溶けていく。俺の目の前に立っていた少女の姿は、瞬く間に消えてしまい、
「もういい。俺たちはお前たちを徹底的に叩き潰す」
「それはこっちも同じだ…! どうなっても知らねぇからな!」
村上と級長の怒声によるやり取りが耳に入った。決別してしまった二人は、それぞれのグループへと戻っていく。
(指輪は、あるのか…)
右手の中指にはめられた"コントロールリング"と呼ばれる指輪。それが存在することで、先ほどの出来事は幻覚ではなかったと実感する。
「んで、どうすんの? 村上たちと潰し合うとか言ったけどさ」
「今から始まる五ゲーム目。お前たちは三人でポイントを一点ずつ投票し合うんだ。俺は一人でやることがある」
「一人で…?」
級長が突然孤立を宣言すれば、高峰の顔が怪訝そうな面持ちへと変わった。犬山も困惑しているのか、首を傾げている。
「あんた、何をするつもりなの?」
「…村上たちを全員葬る」
「葬るって…。あんた一人でどうやって…」
その先を級長は答えてはくれなかった。珍しく不安そうな表情を浮かべる高峰を横目に、俺はどのタイミングで運命の"チョイス"が訪れるかを待つ。
「ではでは、最後の投票時間といきましょうか~。皆さん投票してください~」
ミカエルの指示を受け、俺たち三人は言われた通り、一ポイントずつ投票し合う。級長は一人で、妙に長い間スマートフォンの画面をタップしていた。
「は~い。それでは投票の結果を発表しま~す」
そして映し出された投票結果の画面。それを見た俺たちは、どよめきの声を上げてしまう。
「うそ…。村上の点数が、190点…?」
村上たちの点数配分は、190~195というようにバラバラとなっていた。いや、そもそも持ち点を大きく超えた投票点数ではないか。
「どういうことだよッ!?! なんで、オレたちの点数がこんなバカみたいに…!!」
「そうだ! 何かの間違いじゃねぇのか?!」
村上のグループはゲームマスターに異議を唱える。しかしミカエルは、至って平然とこう述べた。
「いいえ~。この投票は正しい表記ですよ~」
「嘘、だろ…」
高峰は何かに気が付いたようで、級長が手に持っていたスマートフォンを無理やり強奪する。
「あんた、これ…」
愕然としてしまう高峰。何が映し出されているのかと、俺も高峰が持つ級長のスマホを覗き込んでみれば、
「持ち点が、"マイナス"1113ポイント…?」
とうに"ゼロ"という下限を超えていた。俺たちが言葉を失っていれば、級長はぽつりぽつりと一人でに説明を始める。
「分かっていたよ村上。お前たちは、必ず"二点"ずつ投票し合うって」
「級長、てめぇ…」
「人数はそっちの方が多い。普通に投票し合えば、人数差で勝てるからな。俺たちは自分たちに投票し合っても、お前たちの妨害をする為に投票しても、不利なのは変わらない」
級長は掛けていた眼鏡を手に取り、笑いをこらえるようにして自身の顔を手で押さえた。
「けど本当に、本当に馬鹿なんだな村上ぃ…。この博愛ゲームには穴があるってことに気が付いていないなんて…」
「は、はぁ…?」
「最初の説明で『ゲームが終了した時点で"ゼロ"よりも持ち点が下回ったら…』って言ってただろう。これは裏を返せば、持ち点が"ゼロ"より下があるってことだ」
村上は息を呑み、スマホを握りしめていた手を小刻みに震わせる。
「投票先も、誰か一人を選ぶとは言っていなかった。それは投票先を複数選べるってこと。だから俺は、お前たちに点数をバラバラに投票したんだ」
「や、やっぱりてめぇが裏切り者だったじゃねぇかぁ…!!」
「いいや違うね。俺は裏切り者じゃない。今回の投票では、裏切り者は手を加えなかった。理由も、分からないままだ。けどもうそんなことどうだっていいだろう?」
級長は、気が狂ってしまっていた。クラスメイトが次々と死んでいく光景を目の当たりにし、精神が崩壊を始めていたのだ。
「博愛ゲームは、最高点の人間と最低点の人間は除外される。それは投票点が190のお前と、4点の俺だ」
「……っ!!」
「そして今回のゲームで、平等愛を象徴する投票点数はこの三人の"五点"。これを守らないお前たちも、全員除外だ」
村上のグループに属する生徒たちに、級長は笑みを浮かべ、死刑を宣告する。その笑顔は――ミカエルのものと酷似しているように見えた。
「有能な交配種のおかげで、説明する手間が省けましたね~。では、一人ずつ消えてもらいましょうか~」
「ひッ…!?!」
まずは村上たちの頬が吊りあがっていく。ミシミシと皮膚が裂ける音が、教室内に響き渡る。
「級長、級長…!! 裏切り者がお前じゃないのなら、お前じゃないのなら、誰だったんだよぉぉッ!?!」
「それは――」
顎が外れ、泣き叫ぶ村上たちに、級長が、
「――ミカエルだ」
そう伝えた瞬間、
「エッ――」
村上たちの頭部が真っ二つに裂けてしまった。
「アイツが裏切り者だった…? 篠塚、それほんとに…」
「それしか、考えられないんだよ」
級長は何もかもに絶望した顔を、俺たちに向ける。
「アイツは『この場にいる"全員"が、"名簿表"に載っている誰かに、"表記された持ち点"の"ラブポイント"を投票する』と言っていただろう」
「……!」
「アイツは決して自分のことを除いていない。しかも投票先は"名簿表"だけで、点は表記された"持ち点"を投票する。すべて、辻褄が合うじゃないか」
ミカエルが級長の背後まで歩み寄り、両肩にその手を置いた。
「気づいていたんなら、どうして私たちに教えて――」
「もう遅かったんだよ。気が付いたのは、投票した後だった。もう、何もかもが、間に合わなかったんだ」
級長の口角が上がり、上がり、皮膚の下の筋肉が見えてくる。
「俺たち――こいつにハメられたんだよ」
背後に控えるミカエルの笑顔と共に放った遺言。その後は、級長の頭部は消え失せ、床に眼鏡だけが落下する。
「そ、そんなことって…」
「い、いやぁァアぁァァアッッーー!!!」
犬山の絶望した表情と、高峰の悲痛な叫び声。
「博愛ゲーム、終了で~す」
それらを遮るようにして、ミカエルは博愛ゲームの終わりを告げた。




