第4話「博愛ゲーム」中篇
「級長、これからどうすんだよ?」
「…俺の指示に従わなかった者がいること。まずはその問題を解消するべきだ」
投票までの十分間の話し合い。級長の作戦が上手くいかなかったことで、生徒たちは不信感を抱きつつあった。
「そんなの簡単だ級長。一条抜きで番号割り振って、もう一回投票すればいいんだよ」
「村上の言う通りだ! 一番怪しいのは一条じゃねぇか!」
「確かに、一条が河井に二ポイント投票した可能性が高いもんね…」
特に河井へ投票する役目を負っていた俺に対して、クラスメイトたちが疑いの目を向けてくる。これには流石の俺も黙ってはいられない。
「待ってくれ! 俺は河井に一ポイントだけしか投票していない! 勝手に決めつけるのはやめろ!」
「けど、実際あんたがこの中で一番怪しくない? 私は村上たちの意見に『百』賛成だけど」
「はぁ!? 急に何なんだよお前は!!」
前の席に座っている高峰鈴が、村上たちの意見に便乗して、俺を批判する。大して関わりもないのに、こういう時だけ敵意を剥き出しにするのは、本当にカチンと来てしまう。
「全員落ち着いてくれ…! まだ一条だと決めつけるのは早いだろう!」
「いいや決定だ。オレたちは一条が白だという証拠を見せない限り、ぜってぇに信用しねぇからな」
「無茶言うなよ! 俺は、俺は本当に一ポイントだけしか投票してないんだ! 信じてくれ!」
もはや俺には弁解の余地など与えられない。決定的な証拠を村上たちに見せなければ、俺は次の二ゲーム目で確実に――消される。
「…そうだ一条。スマホの画面にある持ち点を全員に見せればいい。持ち点は裏切り者以外は必ず『九点』と表示されているはずだからな」
それでも級長だけが、唯一俺に救いの手を差し伸べてきた。俺はすぐにでも潔白を証明するために、スマートフォンの画面に視線を移す。
「――」
一点だけしか投票していない。投票していないのに、俺の持ち点は何故か『八点』となっていた。これを見せれば潔白どころか、確実に"黒"として扱われる。
「…一条?」
「……」
「何をしているんだ? 早くその画面を全員に見せて――」
級長は俺の側まで歩み寄り、スマートフォンの画面を覗き込むと、思わず目を見開く。それもそのはずで、救いの手を差し伸べた相手が本当に"黒"だったのだから。
「お前は、どうして八点だけしか…」
「ほらみろよ! その持ち点が河井を殺した"裏切り者"だという証拠だろ!」
望みが絶たれたその瞬間、俺はスマートフォンを手放す。床に衝突した鈍い音が、異様なほどに脳へとこびりつく。
「一条…」
「おい級長。一条抜きで番号割り振ろうぜ」
「いいや、ダメなんだ。あの作戦は全員揃っているからこそ成立した。博愛ゲームは必ず誰かに投票しなければならないというルールがある。もし誰か一人を孤立させれば、ポイントは平等にはならない」
それを聞いた村上は顔をしかめると、級長にこう提案をした。
「…じゃあ、グループ分けをするしかねぇな」
「グループ分けだって?」
「つまりは一条に誰か一人が付けばいいだけだろ。それ以外は数人のグループで、番号割り振って、投票し合えばいい」
村上の提案は、全員で協力することを拒むものだ。級長はその提案に反対しようと一瞬だけ口を開いたが、
「それが賢明な判断かもしれない、な…」
どれだけ考えたところで、もうそれしか方法はない。渋々それを了承した級長は、全員にこう指示を出した。
「全員、各々グループを作ってくれ。その中で番号を割り振り、投票し合うんだ。これでこの博愛ゲームを生き残ろう」
「一条には誰が付くんだよ?」
「…俺が付く」
「んじゃ、頼むわ級長」
そう答える級長に村上は驚くわけでもなく、普段通りの軽い言葉を返すのみ。その返答は、級長に面倒ごとを任せるときと一緒のものだ。
「残り時間は五分で~す」
ミカエルが残り時間を声で提示すれば、クラスメイトたちが仲の良い者たちでグループを組み始めた。やはり村上の人望は厚いようで、大半はアイツの元へと集まっていく。
「級長、俺は本当に一ポイントだけしか投票をしてないんだ」
「…俺は半信半疑の状態だ。お前がやっていないという言葉を信じたいが、その持ち点のこともある。すまないが、今はお前のことを疑わせてくれ」
級長は俺から申し訳なさそうに視線を逸らした。あまりにも気まずい空気。それを壊すかのように、一人の女子生徒が間に入ってくる。
「私もそこに入れてくんない?」
「高峰…?」
高峰鈴。コイツは村上に便乗をし、俺のことを裏切り者扱いしてきた。だからこそ俺は、高峰に対して嫌悪感を露にする。
「なぜだ? お前なら、村上たちのグループに入れてもらえれば…」
「みーんな私のことを避けてるから、どうせ独りになるの。それに私は村上のこと嫌いだし」
ならどうして村上の意見に便乗したんだ…。と問い詰めたい衝動に駆られたが、ここで声を荒げれば、俺に向けられた周囲の不信感が更に強くなるだけ。今はグッと胸の内に抑えることにした。
「ついでに、この子も入れてあげれば?」
「犬山…」
高峰が自身の前に引っ張り出したのは、犬山由紀。コイツの背中に隠れていたせいか、その存在にまったく気が付かなかった。
「ほんとはこの根暗と私で組めばいいんだろうけど…」
「…けど?」
「少し気になったことがあんの」
級長が首を傾げていれば、高峰鈴が目を細め、俺に顔を近づける。
「あんたさ。河井に何ポイント投票した?」
「一ポイントだ。何度もそう言ってるだろ」
「ふーん…」
人を苛立たせる天才だ。そんな皮肉を呟いてやろうと考えた矢先、級長がこう言葉を挟んだ。
「高峰。一条を疑っているのなら、わざわざ危険を冒してグループを組む必要はない。犬山と安全に博愛ゲームを乗り切るべきだ」
「…ねぇ、あんたも分かってるんでしょ篠塚。コイツは"裏切り者"じゃないってことが」
級長は高峰にそう尋ねられ、口を閉ざしたまま、小さく頷いた。
「ど、どういうことだよ? 俺をあんなに疑っていたのに、今更裏切り者じゃないって…」
俺を裏切り者じゃないと判断した理由が分からない。むしろ持ち点のせいで、俺が裏切り者だという決定的な証拠となるはずだ。
「だってあんたさ。河井と接点ないじゃん」
「え…?」
「友達のいないあんたが、河井を陥れる動機がないでしょ。もし仮にあんたが裏切り者なら、フツーは村上とか篠塚とかを狙わない?」
高峰の言う通り、俺と河井は何の接点もなかった。それにアイツと言葉を交わしたのは、今日が初めてのこと。
「同感だ。一条がこのクラスを崩壊させようと考えていたとして、最初に狙うべき人物を河井にするなんておかしい。俺がもしその立場だったら、クラスの核を担う村上を狙うからな」
級長は自分のスマートフォンに映し出された名簿表を、俺たちに見せながら、
「それを踏まえれば…。この教室内に、河井を陥れた真の裏切り者が潜んでいるということだ」
「真の、裏切り者…?」
「ああ。そいつを見つけ出さない限り、一ゲームごとに犠牲者が増え続けるだろうな」
自身の考察をそう述べた。
「まっ、私はまだあんたのことは信用してないし。変な気を起こしたら、すぐにでもしばくから」
「信用してないのかよ…」
信用を取り戻せていると思いきや、結局高峰も級長と同じく半信半疑状態らしい。それでも半分の信用を得られているだけでも、幾分かマシだ。
「私が信用してんのは、篠塚だけだし」
「どうして篠塚なんだ…?」
「こんなよく分からない状況だからこそ、一番頼れそうなのは篠塚でしょ。私は死にたくないし、生き残れる確率が高いヤツと行動したいだけ」
高峰の目的はあくまでも級長。犬山由紀も高峰の隣で、俯きながらも小刻みに同感の意を示していた。
「は~い。それでは二回目の投票を行いま~す」
「もう時間か。取り敢えず、四人で番号を割り振るぞ」
級長が一番。高峰が二番。犬山が三番。そして俺が四番。この番号で割り振り、最初と同じように次の番号の人物へ一ポイントずつ投票する。その最中で級長は俺のスマホの画面をじっ…と監視していた。
「…投票結果が出ました~」
数分経てば、投票の結果が画面に表示される。俺も、犬山も、高峰も、級長も…。四人全員の投票ポイントが『2』と点滅していた。他のクラスメイトも、もちろん『2』と点滅をして――
「なんで、どうして、俺に"三点"も入ってるんだよぉぉぉ!?!」
「俺も、どうして三点も入って…!!」
――いなかった。オタク気質の男子生徒たちが集合した六人グループ。その六人全員の投票ポイントだけが、『3』と点滅していたのだ。そいつらは、鬼の形相で一斉に俺の方を見る。
「いちじょぉぉ!! お前がまたポイントをぉぉ…!!!」
「違う。お前たちに投票したのは一条じゃない」
級長は俺からスマホを取り上げて、その画面を相手グループに見せつけた。
「投票時間に、俺は一条を監視していた。その時の投票先は確かに俺で、投票したポイントは一ポイント。この"七点"が何よりの証拠だ」
「だ…だ…だったら誰が投票したんだよぉぉ!?! 俺たち六人に、一体誰がポイントを投票して――」
取り乱した男子生徒が、手に持っていたスマホの画面を見下ろせば、空いている手で何度も目を擦り始める。
「俺の持ち点が、七点…?」
「…俺も、七点だ」
二ゲーム目の終わりに、持ち点を"七点"にするためには、どこかで二点分を投票しなければならない。現状、俺の持ち点だけが"七点"のはずだった。
「なぁお前ら! 俺たち、ちゃんと一点だけ投票する約束をしたよなぁ?!!」
「したよ! したから僕は君に一点だけ入れたはずなのにぃ…!!」
気が付かぬうちに、ポイントが多く投票されている現象。アイツらも巻き込まれているということは、やはりこの『博愛ゲーム』は何かがおかしい。
「平等愛を守れない交配種がいますね~」
「ひっ…ひぃぃぃッ!?」
ミカエルは眩しいほどの笑顔を浮かべながら、男子生徒六人にゆっくりと接近していく。
「ダメですよ~。均等に愛を貰わないと~」
「く、くるなぁぁぁ!!」
一人の男子生徒が抵抗しようと、カッターナイフを鞄から取り出す。他の連中も、それに便乗するかのように"椅子"やら"鈍器"やらを構えた。
「怖い顔をするのはやめましょうね~」
「……ぅぐッ!」
ミカエルが六人の側まで近づけば、彼らの口角が徐々に上がっていく。
「死ぬときぐらい笑顔で死にましょ~」
「あがッ…!! あががッ…?!!」
どこまでも、どこまでも上がり続ける。下顎が外れ、皮膚が裂け、白色の奥歯が丸見えになるまで、永遠と上がり続け、
「せ~の、"キープスマイル"~」
「あ――」
頭部が真っ二つに千切れたと同時に、血飛沫を辺りに散らした。床に転がった頭部の半分が、その断面図をちらつかせ、
「きゃぁあああああぁァァアッッッーー!!」
「うわぁああぁぁあぁぁあッーー!!?」
教室内に悲鳴が響き渡る。級長は目を瞑り、高峰は呼吸を酷く乱し、犬山は窓際の席で嘔吐していた。
(…死んだ。また、死んだ)
人が死に向かっていく光景。それを最初から最後まで直視してしまった俺たちに、与えられた次なる言葉は、
「それでは三ゲーム目を開始しましょうか~」
博愛ゲームの続行を示す言葉だった。