第2話 「ゲームの始まり」
「は? お前、何言ってんの?」
「そのままの意味ですよ~。我が主神の命令により、"交配種共"には死んでもらうことになりました~」
馬鹿げた言葉に、クスクスと笑う生徒や、頭がおかしいんじゃないかと苦笑する生徒が大勢いた。そんな中で、級長だけはやけに険しい表情のまま、その女性を見つめている。
「これってさ。そういうドッキリかなんか?」
「ありえるー! 収録中だったりしてねー」
「おい、隠しカメラ探してみようぜ!」
やらせのドッキリだ。そう誰かが言い出した途端、ガヤガヤと盛り上がる。隠しカメラがありそうな場所へピースをしたり、スマートフォンで教卓の前に立つ女性を撮影したり…と様々な行動をする。
「今から十秒後。席に着いていない交配種を、ここで消しちゃいま~す」
「……!」
「十、九、八……」
その声が聞こえたのは俺と級長だけだろう。騒いでいる生徒たちには、満面の笑みを浮かべ、カウントダウンをしている女性の声は届いていない。
「全員席に着け!」
「え~? 級長、なに一人で盛り上がってんの?」
「いいから黙って席に着け――」
刹那、ナニカが弾け飛んだ。
「あ…」
最初は、アホらしいことに大きなトマトが破裂したのかと錯覚していた。辺りにばら撒かれる飛沫と、床に崩れ落ちる果実。俺の目にはそう見えてしまったのだ。
「……」
静寂に包まれ、座っていた生徒たちはその場に硬直する。俺とは違って、何が起きたのか理解が及んでいない状態らしい。
「この世界から"八人ほど"抹消されましたね」
「…う、うあぁあああああっぁぁあぁあぁあッッ!?!」
教室内に木霊するクラスメイトの悲鳴。嗚咽を漏らす男子生徒や、制服に付着した血痕を必死にハンカチで拭う女子生徒。地獄のような空間に、俺はスマートフォンを取り出して、警察を呼ぼうと試みる。
「…圏外?」
この学校の位置は電波の届かない場所じゃない。何ならさっきまでは普通に使えていたはず。俺は周囲を見渡してみれば、級長も同じようにスマートフォンの画面を見つめ、目を見開いていた。
「喧しいですね。十秒後に黙っていなければ、再びここから抹消しますよ~」
もう一度、あのカウントダウンが始まれば、阿鼻叫喚していた生徒たちは一瞬にして静かになった。いや、自制心によって無理やり静かにさせたと言った方がいいだろう。
「…交配種共の声は、あまりに耳にしたくないものなのですから~。不必要な会話は控えてくださいね~」
(人が、死んだんだよな…)
五感すべてがその事実を明快にしてくる。特に赤色をチラチラと写す視覚と、鉄の臭いを与えてくる嗅覚。そう考えた途端、急に気分が悪くなり、胃液が逆流してくるような感覚を覚える。
「申し遅れましたね。私は我が主神に仕える天使の一人――博愛の象徴"ミカエル"…という名前で、交配種共を粛正していきま~す」
(…は?)
「ミカエルという天使をご存知ですか? もし知らない交配種がいれば、手を上げてください~」
聞いたことはある。だから俺は手を上げなかった。しかし馬鹿正直に知らないと手を上げる生徒もいる。
「あなたたちは論外で~す」
「……!」
そう言って首を傾げれば、瞬く間に手を上げた生徒たちは破裂してしまう。馬鹿正直に答えた四人の生徒が、この教室から消え失せた。
「手を上げなかった交配種は、私のことを知っているってことですよね~?」
(まさか…)
「はいそこのあなた。"ミカエル"という天使の説明をしてくださいね~」
自らをミカエルと名乗る金髪の女性が、笑顔を向けたのは根暗の犬山由紀。ここで答えられなければ、殺される。曖昧な説明をすれば、殺される。どう転んでも、犬山由紀という女子生徒にとっては地獄の選択…。
「ミ、ミカエルという名前は『神のごとき者』という意味です…。最も偉大な天使で、神の偉大な天使として仕えていて…」
「せいか~い」
が、その類の話に詳しいようで、すんなりとミカエルに関しての知識を披露してみせた。というか、アイツの声を初めて聞いた気がする。
「そのミカエルが、あなたたち交配種共には命を懸けた心理戦を提供しま~す」
(心理戦…)
「名前は『博愛ゲーム』。交配種共が"平等な愛"を与えられるか競うゲームですね」
ミカエルが指を鳴らせば、俺たちのスマートフォンの画面にクラスの名簿表と十点という点数が表示される。
「ルールは簡単。この場にいる全員が"名簿表"に載っている誰かに、"表記された持ち点"の"ラブポイント"を投票してですね~。最後に全員が"同じラブポイント"となれば、全員生き残ることができま~す」
(…ポイントって、この"十点"のことか)
「ゲーム回数は"五回"。一回ごとに必ず"ラブポイント"を投票してくださ~い。ゲーム終了時に、初期の持ちポイントが"ゼロ"よりも下回った交配種は…そこで消えてもらいま~す」
全員に同じ"ラブポイント"とやらを与えられれば、生徒たちの"平等愛"が成立する。だからこそこのゲームの名前は『博愛ゲーム』なのだろう。
「ついでに~。一ゲームごとに"点数が最も低かった交配種"と、"点数が最も高かった交配種"にも消えてもらうことになりま~す。それは"平等な愛"には不要な交配種なので~」
一ゲームごとに全員が平等な点数を取り続けなければ、二人ずつ消えていく。今いる生徒は殺された者を除き、三十人だ。失敗が続けば、誰か十人は――必ずアイツに殺される。
「質問があります」
「はい~?」
「一ゲームに投票できるラブポイントの上限と、同じ人物に五ゲームすべてラブポイントを投票し続けていいのか。それを教えてください」
相手は人間ではなく、軽い気持ちで人間を殺す天使。そんな相手にも怖気づかずに、級長は挙手をして質問を投げかけた。
「一ゲームごとに投票できるラブポイントに制限はありません~。同じ交配種に投票し続けるのも問題ないで~す」
「…ありがとうございます」
「ちなみに、投票開始前には"十分間"の話し合いの時間もありま~す」
俺たちだけが、こんな目に遭っているのか。俺たちだけが、この血生臭い教室で狂った天使の話を聞いているのか。ふと、そんな疑問が脳を過った。
(…あぁ)
その答えは、窓の外を眺めれば一目瞭然だ。見慣れていた青葉町の風景が、見慣れていない真っ赤な世界へと変わり果てている。俺は何かを悟り、目を伏せた。
「それでは~。ゲームスタートしま~す」
始まるのは『博愛ゲーム』
俺たちが好き嫌い無しで、"平等愛"の心を持っているかが試されるゲームだ。