表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時ノ雫 ~Falsi Nemesis~  作者: tori
第一章『クロノス』
17/18

第5話「襲撃」


「な、なんなの今の揺れと音は!?!」


 ベッドの上で辺りを見回しながら、動揺を隠せない朱音。対して如月は至って冷静に、医務室の扉へと視線を向けていた。


「あんた、今歩けます?」

「歩けるかって……」

「"歩ける"か"歩けない"かで答えてもらえないすか」


 朱音は「それは、歩けるけど……」と戸惑いつつ返答する。その答えを聞いた如月は、医務室の扉を指差した。


「すぐに移動しないとマズいんで、付いてきてもらえます?」

「何がマズイの?」

「敵の奇襲っすね」


 揺れと轟音の原因は"敵が奇襲したから"と説明をする如月。朱音はすぐさまベッドから降りて、如月の後に続き移動を始める。


「これからどうすんの……!?」

「もしもの事態に備えて、集合する部屋を決めてあるんすよ。そこまで移動するだけなんで」

「いくらなんでも冷静すぎない……?」 


 如月は特に焦る様子を見せず、のんびりと廊下を歩いていた。朱音は「やけに余裕を持ちすぎている」ことに疑問を抱き、如月に言及をしてみる。

 

「敵が狙うのは"雨"と"月"の名を持つ者たち。あんたを狙うことは到底あり得ないんすよ」

「え? それってつまり、現在進行形で千春と終夜が襲われているってことじゃ……」

「まぁそうっすね。今頃、千鶴さんと雅人さんは大変だと思いますよー」


 二人の身を案じる様子もない。

 本当に仲間なのかと、朱音は苦笑せざるを得なかった。


「私たちも途中で"敵"とやらに遭遇したりしないの?」

「それはないっす。時の女神と大地の女神が管理する空間は対称にあるんで」

「……それなら大丈夫、よね」 


 時の女神が管理する空間は西側で、大地の女神が管理する空間は東側。バラバラにしたのは「二人の仲が悪いから」と冗談交じりに話す如月の背中を見つめ、朱音は無言で歩を進める。


「あれ、でも待って……」

「どうしたんすか?」

「私はいいけど、もう一人の奴は修練場に取り残されていた気が……」


 朱音の話を聞くと、歩みを止める。

 振り返った如月は「めんどうなことになった」と露骨に嫌な顔をしていた。 


「一人足りないとは思ってたんすけど……まさか、まだ更衣室にいるんすか?」

「多分……」

「面倒っすねー。かなり面倒っす」


 廊下の壁をぼーっと見つめながら、しばらく嫌な顔を浮かべていれば、何かを思いついたように「あ…」と顔を上げた。


「もう一人の担当は"焔さん"なんで、自分関係ないっす」

「……は?」

「大地の女神さんには、あんたの面倒を見ることだけ指示されてるんで。もし死んだら焔さんの責任っす」


 薄情な発言だが、朱音自身もこの件に関しては力になれない。彼女が心の中で数分という付き合いの一条蒼衣に、黙祷を捧げようとしたその瞬間、


「ヘルプヘルプヘルプぅぅーー!!!」


 前方から大声で助けを求め、全速力で自分たちの元に一人の女性が駆けてくる。


「ゴロスゴロスゴロスッ!!!」

「なに、あれ……」


 その女性の後方には、顔に紙袋を被った人型のナニカ。恰好は日常感のある私服だが、曝け出している皮膚の色は温かみを感じさせる肌色ではなく、冷めた"青白い"色だった。


「あれが"焔さん"すね」

「いやそうじゃなくてっ……! あの人を追いかけてくる奴らのこと!!」


 両目と口の部分に開けられた紙袋の穴。

 そこから覗かせる瞳は真っ赤に充血し、口元から涎を撒き散らしていた。片手に握られた包丁やら斧やらを振り回し、女性の後を追いかけている。


「"メノス"に"支配された人間"っすね」

「メノスってなに? それに支配って……」

「メノスは"負の感情"が具現化したもの。要は"負の感情"を操り切れず、感情のままに動く人間ってことっす」


 如月は朱音に説明をしつつ、どこからか数本のナイフを取り出す。


「まぁ助ける"術"も"義理"もないんで――」 


 そしてナイフを同時に手から離し、床へと落下させると、


「――ここで殺します」


 ナイフの矛先が一斉に前方へと向けられ、焔を追いかける者たち目掛けて飛んでいく。


「ちょちょちょちょーい!!? その軌道だと焔も当たるんだけどぉぉーー!?!」

「すいませーん。何とか避けてくださーい」


 自身に向かってくるナイフを寸前で回避する焔。それを眺めながら如月は、大声で謝罪の言葉を叫ぶ。 


「ゴロスゴロスゴロッ──」


 メノスに支配された人間たちの眉間にナイフが突き刺されば、次々とバタンッと倒れていく。そして焔は全速力で如月の元までやってくると、両足の踵でブレーキをかけた。


「サンキューサンキュー! ナイスナイフ!」

「背負っているのは……焔さんが担当している人間っすか?」

「オウイエス! 焔が更衣室から引きずり出して、ここまで逃げてきたの!」

「……そうっすか」


 如月は気になることでもあるのか、しばらく天井を見上げると、避難場所に向かって歩き出す。


「あれれ、どこ行く系なのー?」

「もしもの時に言われていた避難場所っすよ。覚えてないんすか?」

「あー! 覚えてないかも!」

「焔さん、ほんとしっかりしてくださいよ」


 朱音も如月と焔の後に続きながら、廊下に倒れた人間の死体を間近で目にする。紙袋に隠された素顔はどのようなものなのか。少しだけ想像をしてしまった朱音は、軽く頭を叩いて、考えないようにする。


「ここが集合場所っすね」

「なるなるほど! ここってガイアっちとクロノスっちの空間の境目だよねー!」

「えっと、じゃあここに入ればもう安全ってことでいい?」

「それはどうっすかね」

「え?」


 如月が両扉を勢いよく開き、広がっていた光景は──


「クッカッカッ、交配種共が四人。キサマたちも哀れな死に損ないか」

「君たちはバカちんサ。死ぬときは、きちんと死なないとサ」


 半透明となって衰弱しているクロノスの前に立つ、赤色のドレスを身に纏った女性。紙袋を被り、黒のコートを羽織った人物と対立する雨氷千鶴と月影雅人。


「ち、千春と……しゅ、終夜が……」


 そして──無惨に四肢を千切られた雨風千春と月橋終夜の遺体だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ