第5話「襲撃」
「な、なんなの今の揺れと音は!?!」
ベッドの上で辺りを見回しながら、動揺を隠せない朱音。対して如月は至って冷静に、医務室の扉へと視線を向けていた。
「あんた、今歩けます?」
「歩けるかって……」
「"歩ける"か"歩けない"かで答えてもらえないすか」
朱音は「それは、歩けるけど……」と戸惑いつつ返答する。その答えを聞いた如月は、医務室の扉を指差した。
「すぐに移動しないとマズいんで、付いてきてもらえます?」
「何がマズイの?」
「敵の奇襲っすね」
揺れと轟音の原因は"敵が奇襲したから"と説明をする如月。朱音はすぐさまベッドから降りて、如月の後に続き移動を始める。
「これからどうすんの……!?」
「もしもの事態に備えて、集合する部屋を決めてあるんすよ。そこまで移動するだけなんで」
「いくらなんでも冷静すぎない……?」
如月は特に焦る様子を見せず、のんびりと廊下を歩いていた。朱音は「やけに余裕を持ちすぎている」ことに疑問を抱き、如月に言及をしてみる。
「敵が狙うのは"雨"と"月"の名を持つ者たち。あんたを狙うことは到底あり得ないんすよ」
「え? それってつまり、現在進行形で千春と終夜が襲われているってことじゃ……」
「まぁそうっすね。今頃、千鶴さんと雅人さんは大変だと思いますよー」
二人の身を案じる様子もない。
本当に仲間なのかと、朱音は苦笑せざるを得なかった。
「私たちも途中で"敵"とやらに遭遇したりしないの?」
「それはないっす。時の女神と大地の女神が管理する空間は対称にあるんで」
「……それなら大丈夫、よね」
時の女神が管理する空間は西側で、大地の女神が管理する空間は東側。バラバラにしたのは「二人の仲が悪いから」と冗談交じりに話す如月の背中を見つめ、朱音は無言で歩を進める。
「あれ、でも待って……」
「どうしたんすか?」
「私はいいけど、もう一人の奴は修練場に取り残されていた気が……」
朱音の話を聞くと、歩みを止める。
振り返った如月は「めんどうなことになった」と露骨に嫌な顔をしていた。
「一人足りないとは思ってたんすけど……まさか、まだ更衣室にいるんすか?」
「多分……」
「面倒っすねー。かなり面倒っす」
廊下の壁をぼーっと見つめながら、しばらく嫌な顔を浮かべていれば、何かを思いついたように「あ…」と顔を上げた。
「もう一人の担当は"焔さん"なんで、自分関係ないっす」
「……は?」
「大地の女神さんには、あんたの面倒を見ることだけ指示されてるんで。もし死んだら焔さんの責任っす」
薄情な発言だが、朱音自身もこの件に関しては力になれない。彼女が心の中で数分という付き合いの一条蒼衣に、黙祷を捧げようとしたその瞬間、
「ヘルプヘルプヘルプぅぅーー!!!」
前方から大声で助けを求め、全速力で自分たちの元に一人の女性が駆けてくる。
「ゴロスゴロスゴロスッ!!!」
「なに、あれ……」
その女性の後方には、顔に紙袋を被った人型のナニカ。恰好は日常感のある私服だが、曝け出している皮膚の色は温かみを感じさせる肌色ではなく、冷めた"青白い"色だった。
「あれが"焔さん"すね」
「いやそうじゃなくてっ……! あの人を追いかけてくる奴らのこと!!」
両目と口の部分に開けられた紙袋の穴。
そこから覗かせる瞳は真っ赤に充血し、口元から涎を撒き散らしていた。片手に握られた包丁やら斧やらを振り回し、女性の後を追いかけている。
「"メノス"に"支配された人間"っすね」
「メノスってなに? それに支配って……」
「メノスは"負の感情"が具現化したもの。要は"負の感情"を操り切れず、感情のままに動く人間ってことっす」
如月は朱音に説明をしつつ、どこからか数本のナイフを取り出す。
「まぁ助ける"術"も"義理"もないんで――」
そしてナイフを同時に手から離し、床へと落下させると、
「――ここで殺します」
ナイフの矛先が一斉に前方へと向けられ、焔を追いかける者たち目掛けて飛んでいく。
「ちょちょちょちょーい!!? その軌道だと焔も当たるんだけどぉぉーー!?!」
「すいませーん。何とか避けてくださーい」
自身に向かってくるナイフを寸前で回避する焔。それを眺めながら如月は、大声で謝罪の言葉を叫ぶ。
「ゴロスゴロスゴロッ──」
メノスに支配された人間たちの眉間にナイフが突き刺されば、次々とバタンッと倒れていく。そして焔は全速力で如月の元までやってくると、両足の踵でブレーキをかけた。
「サンキューサンキュー! ナイスナイフ!」
「背負っているのは……焔さんが担当している人間っすか?」
「オウイエス! 焔が更衣室から引きずり出して、ここまで逃げてきたの!」
「……そうっすか」
如月は気になることでもあるのか、しばらく天井を見上げると、避難場所に向かって歩き出す。
「あれれ、どこ行く系なのー?」
「もしもの時に言われていた避難場所っすよ。覚えてないんすか?」
「あー! 覚えてないかも!」
「焔さん、ほんとしっかりしてくださいよ」
朱音も如月と焔の後に続きながら、廊下に倒れた人間の死体を間近で目にする。紙袋に隠された素顔はどのようなものなのか。少しだけ想像をしてしまった朱音は、軽く頭を叩いて、考えないようにする。
「ここが集合場所っすね」
「なるなるほど! ここってガイアっちとクロノスっちの空間の境目だよねー!」
「えっと、じゃあここに入ればもう安全ってことでいい?」
「それはどうっすかね」
「え?」
如月が両扉を勢いよく開き、広がっていた光景は──
「クッカッカッ、交配種共が四人。キサマたちも哀れな死に損ないか」
「君たちはバカちんサ。死ぬときは、きちんと死なないとサ」
半透明となって衰弱しているクロノスの前に立つ、赤色のドレスを身に纏った女性。紙袋を被り、黒のコートを羽織った人物と対立する雨氷千鶴と月影雅人。
「ち、千春と……しゅ、終夜が……」
そして──無惨に四肢を千切られた雨風千春と月橋終夜の遺体だった。




