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時ノ雫 ~Falsi Nemesis~  作者: tori
第一章『クロノス』
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第3話「基礎調査」


 朱音たちが連れて来られた空間は修練場。

 広さは体育館と変わらないのだが、壁や床などは衝撃を和らげるジェルで作られていた。


「ここで何をするんだ?」

「…まずはここであなたたちの基礎体力を図る」

 

 終夜に返答した千鶴は、修練場の奥を指差す。そこには『更衣室』と刻まれた扉が、左右に一つずつ付いていた。


「それって…。"体力テスト"みたいなものですか?」

「そう捉えてもらって構わない」


 こうして四人は案内されるがまま男性は右、女性は左の更衣室へと入室する。中にはそれぞれジャージが置かれており、着替えを始めた。


(何でこんなところまで来て、体力テストなんかしないといけないのよ…)


 朱音は心の内で愚痴を独白し続けながらも、渋々ジャージに着替えて、再び雨氷千鶴の前まで姿を見せる。


「…あと一人は?」

「声は掛けたが…。まるで反応がないもんでね」


 白色のジャージを着た雨風千春。黒色のジャージを着た月橋終夜。赤色のジャージを着た九条朱音。この三人は更衣室から出てきたのだが、一条蒼衣だけ一切姿を見せなかった。


「…なら放っておく。今はあなたたち三人で、基礎体力を図ってもらう」 


 こうして行われることになった体力テスト。 

 種目は『握力・上体起こし・長座体前屈・反復横跳び・シャトルラン・五十メートル走・立ち幅跳び・ハンドボール投げ』の合計八種目。


 どこにでもある体力テストと変わらないものだった。


(……嘘でしょ?)


 だが規格外の記録を出す終夜と千春のせいで、朱音からすれば劣等感のみが圧し掛かる体力テストとなった。


「左右の握力平均は、"八十五"ぐらいか。前よりも少し落ちたな」

「私は"六十七"だったよ。終夜くんって握力あるんだね」 

(私、"二十八"なんですけど…)


 まず最初に握力は平均値を超えた数値を叩き出し、


「"百三回"か。もう少し伸ばせたな」

「"七十二回"。微妙だったかも…」

(私は"四十回"なのに…)


 反復横跳びではほぼ二倍の差を付けられ、


「"五秒"。まぁまぁだな」 

「もぉ…! 後少しで"五秒"切れそうだったのに…!」

(速さには自信がある私でも八秒なんですけど…!?)


 自信のあった五十メートル走では、その自信をズタボロにされた。すべての種目において、朱音と二人には圧倒的な差があったのだ。


「終わりましたー!」

「…私に記録表を見せて」


 体力テストが終了し、朱音たちは記録表を雨氷千鶴に手渡す。彼女は一枚ずつ確認をするが、化け物染みた二人の記録を見ても、眉一つ動かさなかった。


(私の記録だけ、なんか見る時間長くない?)


 むしろ平均的な朱音の記録表を目にして、険しい表情を浮かべている。


「…これが全力?」

「ぜ・ん・りょ・く・で・すぅ!!」

「…そう」


 朱音は劣等感によってイライラしながら、千鶴にそう返答をした。彼女は朱音の返答を聞くと、三枚の記録表を床に置く。


「…次は"演習"」

「演習? 一体どんな演習をするんだ?」

「――殺し合い」


 千鶴がそう答えると、彼女の隣に見覚えのある三人がどこからともなく姿を現した。


「今日からあなたたちに私たちが一人ずつ付いて、戦えるように鍛えていく」

「"師匠"、みたいな感じですか?」

「ま、そんな感じだぜー」


 雨氷千鶴に月影雅人。

 そして朱音と蒼衣をクロノスの元まで連れて行ったあの二人。それぞれが朱音たち三人に視線を送ってきた。


「最初に雨風千春。私を殺すつもりで仕掛けてきて」

「え? でも殺すつもりなんて――」

「いいから」


 朱音や雅人たちは邪魔にならないよう、静かに壁際へと距離を取る。雨風千春は最初は戸惑っていたが、意を決して千鶴のことを睨みつけた。


(…あの子、あんな怖い目つきできるんだ)


 とても穏やかな雨風千春の表情は一変し、鋭い瞳には殺意が込められている。


「いつでもいい」


 その言葉と共に、千春は一歩目の踏み込みで千鶴の懐へと潜り込んだ。


(何であんなにはやいのっ…!?)


 朱音が呆然としている間に、千春の右の肘打ちを千鶴は左の手の平で受け止めていた。 


「少し失礼します!」


 続けて空いている左手で、千鶴の腹部に掌底打ちを叩き込もうとする。

 

「……」

「……っ!」


 しかし千鶴は右半身を逸らして掌底打ちを回避すると同時に、その手首を掴んで床へと転ばせた。


「くっ…!?」


 千春はすぐさま立ち上がり、もう一度だけ千鶴の懐に潜り込もうとする。


「一度目に失敗したことは、二度目には通用しない」


 千鶴が放たれた肘打ちを同じ手段で受け止めようとした。


「――!!」


 だが瞬きをした一瞬の間によって千春の姿はその場から消え失せ、


「そんなこと、分かってますから!」

 

 千鶴の背後から肘打ちと掌底打ちを、確実に叩き込んだ。彼女は千春による二連撃を受け、その場に立ち膝を付く。


「…三十点」

「……え?」

「背後を取るまでの動作は評価できる。けど問題は狙う個所。せっかくのチャンスなのに、あなたは一撃では殺せない背中を狙った」


 千鶴は振り返ると千春の側まで歩み寄り、彼女の頭を指差した。


「あの状況で狙うべきは"頭部"。あなたもそれは分かっていたはず」

「分かってました。分かってましたけど…。本当にそんなことをしたら、千鶴さんが怪我をして――」

「その優しさが命を捨てることになる。だから大幅に減点をした」


 次に千鶴が視線を送ったのは月橋終夜。

 彼はそれを察すると、千春と入れ替わりで千鶴と向かい合った。 


「殺すつもりでいいのか?」

「遠慮は必要ない」

「俺は遠慮しないから安心しろ」


 終夜はそう答えると、右拳を握りしめ千鶴の周囲を走り回る。


「…様子見のつもり?」


 終夜は千鶴から視線を外すことなく、隙を伺っているようだった。対して千鶴は、特に構える様子も見せず、ただ突っ立ってるのみ。


(あいつ、背後から…)


 そして終夜は千鶴の背後から全力で接近する。

 足音がドタバタと妙に大きい。千鶴は半ば呆れつつ、


「足音は立てるべきじゃ――」


 と言いかけたその瞬間、


「ああ、俺もそう思うな」

「――!?」

 

 千鶴の頭部に左脚の回し蹴りを叩き込んだ。かなり力が込められていたことで、千鶴の身体はジェルの壁に衝突する。


「…そういうこと」


 わざと千鶴の後方で足音を立て、意識をそちらへと誘導。その隙に飛び上がり、千鶴の死角である真上を取る。それが終夜の作戦だった。


「…少し効いた」 

「……お前の顔は鋼で作られているのか?」


 しかし千鶴の顔は怪我一つ負っていない。終夜は軽い冗談を口にしながら、思わず苦笑していた。


「もう一度」

「何をだ…?」

「…あの蹴り。私はここから動かない」


 挑発されている。

 終夜はそれを理解したうえで、その場から全力で駆け出した。


「お前は戦闘狂だな」


 放たれた右脚の蹴り。

 朱音からすれば残像すら見えないほどの速さ。風を切りながら千鶴の目前まで迫る。


「……!」


 が、千鶴は左手一本で難なく受け止めた。

 痛がる様子も見せず、表情も歪めることない。彼女には終夜の全力蹴りがまるで効いていなかった。

 

「四十点」

「……」

「温情がないのは高得点。けど男にしては物理の面においての威力が低すぎる。多分、あなたの自己流が原因」 


 終夜に点数を付けた後、最後に視線を送られたのは朱音。彼女はそわそわしながら、千鶴の前まで移動をした。


「あ、あのさ。私、喧嘩とかしたことなくて…」

「……」

「あの二人みたいに殴るとか蹴るとか…。全然分かんないんだけど…」


 朱音が言いたいのは、"あの二人とは別物として見てほしい"ということ。素早くも動けない。威力のある殴りや蹴りも放てない。本当にただの女子高生。


「ほ、ほら! 武道とかも習ってないし! 殺すつもりって言われても、どうすればいいのか――」

「御託は必要ない。口よりも身体を動かして」

「そんなこと言われても…」


 最初の一歩目。

 どう動き出せばいいのか分からない。朱音は顔を左右に往復させながら、困り果てていた。


「なら――」


 動き出そうとしない朱音。

 それを見兼ねた千鶴は彼女の前まで移動をすると、


「――私から仕掛ける」

「がっ…!?!」


 胸倉を掴み上げ、床に叩きつけた。


「な、なにすん――がぁッ…?!!」

 

 床に倒れている朱音の脇腹を千鶴は蹴り上げる。

 手加減などされていない。殺す対象に対しての本気の蹴りだった。

 

「立ち上がらないの?」

「あ、あんた…こんなことし――ごほッ?!!」

「…苦しくても立たないといけない。せめてその根性ぐらいは見せて」


 朱音は何度も蹴りを入れられながら、立ち上がることを千鶴に強要された。しかし痛みが身体を支配しているせいで、そんなこともままならない。 


「おいおいー? それ以上は止した方が――」

「かッ…ぐァッ…!?」


 雅人が遠くから声を掛けるが、千鶴は止める気配がない。


「ぅッ…!?」


 立ち上がらない朱音の首を右手で持ち上げ、千鶴は下から彼女を見上げた。


「…基礎体力もない。根性もない。それなのにどうして、あなたは選ばれたの?」

「じ…る…がぁ…!!!」


 千鶴は血に塗れた朱音の顔を睨みつけ、左手の拳を強く握りしめる。


「あなたには何かあるんでしょ? 死の寸前で目覚める力みたいなものが」


 鳩尾を狙った左拳が放たれること。

 それを察した朱音は歯を食いしばり、すぐに目を瞑った。


「……?」


 が、痛みは与えられない。

 朱音はゆっくりと目を開けてみれば、


「……お前、本気で殴ろうとしただろ?」


 月影雅人が千鶴の左拳を右手で受け止めていた。


「…邪魔をしないで」

「昔をよく思い出せよ。お前は"アイツ"に鍛えてもらった時、こんなことをされたのか?」

「……」

 

 朱音を持ち上げる千鶴の腕を、雅人が無理やり降ろす。

 すると朱音の身体は解放されたことで、床へと自由落下した。彼女は完全に気絶状態となっているようだ。

 

「おーい! コイツを医務室まで運んでやってくれよー」

「えっ、自分がすか?」

「どうせコイツはお前の担当になるだろー? 今のうちに親睦を深めておけよなー」

「そんな気遣い要らないんすけどねー」

 

 朱音は中性的な人物によって運ばれていく。

 千鶴はその後ろ姿を眺め、


「…どうして"アレ"が選ばれて」


 納得がいかない様子で呟いた。


「知らないけどさー。お前はもう少し優しくなった方がいいぜー」

「……」

「まるで鬼教官じゃねーか。あのやり方、オレは気に食わないからなー」


 横目で訴えかける雅人。

 千鶴は反省も、肯定もしない。


「やり方は人それぞれ」 

「……そーかよ」


 二人はお互いに顔を合わせることもなく、千春と終夜の元へと向かった。 


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