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時ノ雫 ~Falsi Nemesis~  作者: tori
At;赤羽高等学校
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第四話「暴食ゲーム」後篇


「みんな、よく頑張ったね! 残り五分で二ゲーム目もクリア!」


 結局、私と御剣だけが何もせず立ち尽くしたまま。それ以外の生徒は膨大に積み重なっていた生肉と生魚などを喰い漁り、そのすべてを完食をしてしまった。


「う…う"ぇ"ぇ"ぇ"え""ッ!!」


 しかし達成感と同時に、胃が不適物を受け入れるのを拒み始め、何人かの生徒は汚物と共に戻してしまう。


「由香…由香は…?」


 私は暴食ゲームに参加をしていた親友を、視線だけ動かし模索すれば、


「……」

「…由香?」


 何食わぬ顔でそこに立っていた。信じられないほど冷静で、目を疑うほどの血液が制服に付着をしている。


「それでは次でラストゲームです!」


 休む時間など与えられるはずもなく、ベルセブブはラストゲーム開始の予告をする。


「最後にみんなに完食してもらうモノは――」


 ベルゼブブはそう言いながら、壁を背に座り込んでいる宮本宗介の方へ視線を移し、


「――宮本宗助くんです!」

「は…? 俺?」


 宮本を片手で引っ張り上げ、教卓の前に突き出した。


「さぁ、宮本宗助くんをみんなで食べれば…。暴食ゲームは終了です!」

「嘘ですよね? 私たちで人間を食べるなんて…」


 級長の陰山もこれにはベルゼブブへ物申す。人間が人間を食べることは、一般的に"カニバリズム"と呼ばれているが…。


「大丈夫、みんなはここまでやって来れました! みんなで、その一歩を踏み出せばきっと乗り越えられる!」


 それはあくまでも慣習や風習の話。この国にはそのような慣習はないうえ、それは決して強要されるものでもない。


「……人を、人を食べるんですか?」

「はい!」


 しかしベルゼブブは、私たち人間にそれを強要した。禁忌とも呼べる、カニバリズムを。


「…でもよ、さっきより量は少ないぜ?」

「確かに、この量なら全員で食べれば…」


 一ゲーム目と二ゲーム目に比べれば、量は明らかに少ない。それは一目瞭然のこと。暴食ゲームを乗り越えられる目前まで迫っている。

 その事実がクラスメイトたちを大きく動揺させていた。


「気をしっかり保ってください! 人間を食べるなんて、そんなことは…」


 過ちを犯さないよう、級長がクラスメイトたちに声を掛ける。その様子を見ていたベルゼブブは、ゆっくりと級長に歩み寄り、彼女の両肩に手を置いた。


「あなたは喰らう側と喰らわれる側…。どちらがいいの?」

「……え?」

「もし喰らう側が嫌なら、喰らわれる側になってみる?」


 そう尋ねたベルゼブブの表情はとても穏やかだ。生徒想いの教師が「君ならできる」と鼓舞するかのように、穏やかなもの。  

 

「私は…私は…くっ…」

「…く?」

「喰らう側が…いいです…」


 その答えを待っていたと言わんばかりに、級長の頭を優しく撫でる。そしてベルゼブブは教卓の前まで引き返し、


「それではラストゲーム――スタートです!」


 ゲーム開始の宣言をした。


「「「……」」」


 誰一人として動かない。それもそのはずで、人間を喰らおうとする第一歩など、そう簡単に踏み出せるものではないからだ。


「……」


 そんな中、たった一人だけ宮本宗助に近づく生徒がいた。


「ゆ、由香…」


 私の親友。瞳孔が開き、獣のように口から涎を垂らしている。


「お、おい…? 嘘だよな?」

「……」

「俺を、食べられるはずないよな? だろ? 俺は、人間だぜ?」


 親友は宮本の前にしゃがみ込み、彼の右手を握った。


「私ね。宮本くんのこと、カッコいいと思ってたんだ」

「は、はぁ…?」

「だから気になるの。宮本くんが――」


 由香はその握った右手を顔の前まで持っていき、  


「――どんな味がするのか」


 右手の薬指を噛み千切った。


「あぁあぁあぁあぁあああーーッ!?!!」


 断末魔と共に床へ倒れ込む宮本。それを眺める由香。私は思考が停止してしまった。だって、私の親友が、人間を喰らったのだから。


「……」

「ひっ…ひぃぃ!!?」


 それを合図に、宮本の周りにわらわらとクラスメイトたちが集まっていく。


「待てよお前ら…!! 正気なのか?! おい、おい聞いてんのかよぉ…!!」


 クラスメイトたちは何も答えない。だが既に正気じゃないことは、よく分かっていた。誰もかれもが、別人にしか見えなかったから。


「く、くるっ――」


 その瞬間、一斉にクラスメイトたちが宮本に襲い掛かった。


「ぁぁあ"あ"ぁぁあ"あ"あ"ぁあ"あ"ーーッッ!!?!」


 断末魔と飛び散る血飛沫。私の足元に、級長が掛けていた眼鏡と肉片が転がる。


「あ、あぁああぁ…!!」


 私の後ろで御剣が情けない声を上げ、その場で失禁した。普段ならドン引きしている。だが人が人を喰らう光景を目の当たりにしている今、そんなことどうでも良かった。


「逃げ…逃げないと…」


 震える手で鞄を手に取り、両脚を動かそうとする。


「――どこに行くの?」


 が、気が付けば私の正面にベルゼブブが立っていた。おそるおそる、私は顔を上げる。


「二人とも、みんなと一緒に頑張りたくないの?」

「あ…ぁ…」

「頑張らない子、私は嫌いだなぁ…?」


 そこには、ベルゼブブの怒りに満ちた顔があった。美形の顔つきをしているはずなのに、この瞬間だけは"悪魔"のようにも見え、


「こ、こないで…っ!」


 その場から全力で駆け出す。どこへ逃げるのか。どうすればいいのか。先のことを何も見据えず、私はただ教室から出ていくことだけを考えていた。


「…っ!」


 けれど私の左脚に誰かがしがみつく。


「い、いかないでよぉ…!」


 しがみついてきたのは、御剣奈央斗。歯をガタガタと震わせ、両腕で私の左脚にガッチリとしがみついてきた。


「あんた、邪魔なのよ!! いつもいつも気持ち悪いと思ってたけど、こういう状況になるともっと気持ち悪い…!!」 


 私は右脚で何度も何度も、御剣奈央斗の顔に蹴りを入れる。気持ち悪い、ゴミ虫、キモオタ…。溜め込んでいた気持ちを爆発させ、御剣に様々な罵声を浴びせる。


「離せ、離せ離せッ!!」

「ぃ――!?!」


 渾身の蹴りが、御剣の眼球に直撃した。声にもならぬ痛みのようで、御剣は両手で右目を抑え込む。


(逃げないと逃げないと逃げないと…!!)


 もう宮本の断末魔は聞こえない。親友の由香も教室にはいない。まともなのは――私一人だけだ。 

 引き戸に手をかけ、廊下へと勢いよく飛び出す。


(どこに逃げる…? どこに逃げればいいの…?)


 廊下を走りながら脳裏を過った避難先は自宅。私は下駄箱のある一階まで向かうため、階段を駆け下りる。


「ひっ…!?」


 だがしかし二階まで階段を下れば、そこから下の階には手の平サイズの虫が、壁や天井に蔓延っていた。


「い、いやっ…!!」


 今度は急いで階段を駆け上がる。二階の窓から外へと飛び出せば…。そう考え、二階にある一年生の教室を覗き込んだ。


「う…そ…?」


 私の視界に映し出された光景は、あの教室と同じだった。人が人を喰らうあの光景。私は口を押さえ、静かに後退りをする。


(音を立てたら、喰い殺される…)


 その最中に、背中に壁ではない何かが触れた。


「……由香?」


 私はゆっくりと振り返ってみれば、そこには顔も制服も血に塗れた由香が立っている。


「…無事、なの?」

「……」 


 安否を尋ねる。だが返答はない。


「…みんなは、どうなったの?」

「……」   

 

 他の生徒たちがどうなったのか尋ねる。だが返答はない。


「由香――」


 その代わりに、由香は側まで歩み寄り、


「――えっ?」

 

 私の首筋に噛みつき、その皮膚を引き千切った。


「あ"ぁぁッ…?!」


 咄嗟の反応で私は由香を突き飛ばし、親友だったモノに背を向け、走り出す。


(追いかけて…追いかけてくる…!!)


 私の後を追いかけてくる由香。その目は獲物を狙う獣そのものだ。


(このままだと、追いつかれる…!)


 横切った理科室に飛び込み、実験用具が並べられたガラス棚まで駆け寄った。


「ゴハンゴハンゴハン!」

「く…ぁあ"ぁあ"あ"っ!?!」


 しかし背後から由香に押し倒されると、私の首筋にもう一度噛みついてきた。その反動でガラス棚が倒れ、実験用具が辺りに飛び散る。

 

「ふざ…けんなぁぁッ!!」


 左手に触れたのは鉄製のピンセット。私はそれを握りしめ、由香の左脚に思い切り突き刺した。


「ッ――?!!」

 

 痛覚はあるようで由香は私の背中から飛び退き、ピンセットが突き刺さった左脚を押さえる。


「死ねぇえぇッ!!」


 私は別のピンセットを拾い上げ、由香の左の目玉に深々と突き刺した。耳を劈くほどの断末魔を、由香は理科室に響き渡らせる。 


「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇぇ……ッ!!」


 実験用具を立てるための鉄製スタンドを高く振り上げ、何度も由香の頭に振り下ろした。頭蓋骨はこんなにも硬いのか。それを実感しながら。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 何度振り下ろしたかは覚えていない。ただ由香の頭蓋骨が砕け、脳みそが溢れ出ているのを踏まえれば…。


「…あ、あぁあぁ」

 

 私は呼吸を荒げ、呻き声を上げることしかできなかった。鉄製のスタンドを手放し、由香の前で座り込み、両手で髪を掻きむしる。


「わ、わたしが…由香を…殺した…?」


 その日。

 生まれて初めて、私は親友を自らの手で殺した。




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