第一話 無人島に登場。
例えば君が包丁を持っていたとして、人を刺すだろうか。
刺さないだろう?
俺も一緒だ。
ただ、食べ物は切る。
生きる為に。
「はいはい! 今日のごはんは異世界風トカゲの丸焼きです! きゃほーい! いっただっきまーす!」
普通のサラリーマンだった俺が、ある日突然異世界の無人島に投げ出されたのは一ヶ月ほど前のことだ。
会社で仕事をしていた俺は一瞬の睡魔に襲われ、目を閉じた。
次の瞬間、目を開けばそこは無人島だった。
何を言っているかわからないだろう? 俺にも訳が分からない。
ただ、まぁ、なんていうんだろ? あれだ。
とりあえず目の前にはオーシャンビュー。
ギラギラ照りつく太陽と、足元には焼ける砂浜。
そしてスーツに革靴の俺。
暑い。
太陽を睨み付けながら乱暴にネクタイを緩めた俺は、額に滲み始めた汗を感じながらこう思った。
バカンスの始まりか。
俺は、人からバカと呼ばれる。
ツッコミもボケもこなす俺としては、バカと呼ばれることは嫌じゃない。 むしろ、美味しい。
座右の銘は「人生とは死ぬまでの暇潰し」。
つまり、こんな滅多に無い経験は『美味しい』のだ。
そして、俺が一応自覚しているほど、なんで危機感に欠けているかというと、実はこの俺は『魔人』だからだ。
『魔人』とは俺が名付けた。
人並みに中二病を拗らせた俺が、昔付けたものだ。
『魔人』といっても悪魔とかの悪いヤツじゃない。 “マジック・ヒューマン”のことだ。
ある都市伝説によると、この世界の人間の中には魔法使い(マジシャン)とマジック・ヒューマンがいるとのこと。
魔法使いは名の通り、“魔法を使う人”だが、マジック・ヒューマンは“魔法の人”のことだ。
訳が分からないだろう?
例えば、包丁は使うものだけど、包丁は人じゃない。
それと同じで、魔法を使うのではなくて、俺自体が“魔法”なんだ。
バカだろ? 慣れている。
わかりやすい説明をしようか。
この無人島にはモンスターがうようよいる。
初めてこの砂浜に立った時、海の中から巨大な海蛇が波を掻き分けて競り上がって来たんだ。
俺ァ感動したね。
船よりでかい海蛇だぜ?
“シーサーペント”っていうのかな? 昔やったゲームに出てくる感じのヤツ。
なんていうかさ、神々しいワケよ。
ザサーッて海が割れてさ、中から水が反射してキラキラした鱗が光ってさ。
途端、ズバッ! って俺、何かに斬られたのか吹っ飛んだワケ。
あっれー? って振り向いたらサーベルタイガーですよ。
5mはあったんじゃないかな? 超でかいの。 んで「グルルルル……」とか唸ってんの! いやーびっくりしたね!
でもほら俺って魔人じゃん? だから全然平気なワケ。
いや、血は出るんだよ。 少し痛いし。 でもなんていうのかなー。 まぁケガのうちには入んないんだよね。 ほら、“蚊に刺された?”っていう感じ。 あれが一番近い。
んでさ、“空気”あるじゃん。 あれ、俺なんだよね。 “空気”どころか、“熱”も“土”も“水”も俺なんだ。
訳が分からないだろ?
まぁいいや、だから俺はさ、派手にドカーン! と火の玉をぶっぱなして……とかはしない。
よくマンガとかであるじゃん? “派手な魔法”みたいの。 あれね、ガチな戦闘ならぜんっぜん必要ないから! あれウソな、ウソ、ヤラセ。
そんなことしなくてもさ、口と鼻と気管支辺りの空気を真空にすればいいのさ。
あと、早めにトドメ刺す為に気管支が焼けるくらいの熱を起こすくらいかな?
一瞬でバタ、ですよ。
獰猛そうなサーベルタイガーも「カ…ハ……」とかいうくらい。
ちなみにさっきのシーサーペントもついでに「カ…ハ……」ですよ。 食材は多いに越したことないからね。
うん、だからこれは“戦闘”っていうより“狩り”だよね。 後は皮を剥いて、焼いて、塩付けて食べるだけ。
塩はさ、海水を熱で乾燥させれば簡単に出来る。
なんとなく分かった?
でも人間相手にはしたことねーよ。 だってさ、いくら包丁を持ってたって人は刺さないでしょう?
一緒。
ただご飯食べるためには必要だからね。 ただそれだけだよ。
地味だろう?
本当の戦いなんて、一瞬なんだよ。 あんなドカンドカンやるのはゲームとマンガの中だけだ。
そうそう、俺がこの力に気付いたのは小6の時でさ、なんかテレビでかっこよく魔法出してんの真似したら出たのさ。
あれはヤバかったね。 隣の田中さん家の塀真っ黒になって大騒ぎになってな。 俺、黙~ってた。
結局ボヤだってことに落ち着いて、警察の見回りが強化されたみたいだったけど。
子供ながらに「ヤバい!」と思ったね。
いや、うちの弟がさ、その前にライターで火遊びして畳を焦がしたワケ。 そしたらオヤジ、弟に正座6時間を命じたんだよ。 6時間だぜ? 昨今あり得ない罰をくらった弟を見て、「あれが6時間なら俺は6年だな」とか思ったのさ。
まぁそれが始まりでね。 どうやら俺にはおかしな力があることに気付いたんだ。
最初はなんか怖かったんだけどさ、まぁそのうち「便利な能力だな」って気付いてね。
釣りとか行った時に簡単に〆ることとか出来るしさ、そんな風に力加減を磨いてきたんだよね。
んで中学の時にさ、マジック・ヒューマンの都市伝説をネットで知ったんだ。
いやぁ、スッキリしたよね。 俺以外にもそんなヤツいるんだってさ。
“意志を持つ元素の力”とか、見た時ヤバかったわぁ。
よく意味わからんかったけど。
そこからだな、俺が力を隠して生きてきたのは。
多分だけどさ、バレたら俺、政府に確保だよ?
んで実験の毎日で人生終了だよ。 そんなのイヤじゃん?
まぁそんな事も、その都市伝説には書いてあったのさ。
今となってはまぁその時の俺を誉めてやりたい。 そんな力があって目立ったって仕方ないからなぁ。 格闘技習って強くなったって、別に普通は毎日戦う訳じゃないからね。
まぁ自分がそうだってことは、他にもいるだろうし、目立ちたい人は目立てばいいのさ。 俺は緩く生きていきたいだけだから。
そんな感じで俺はこの一ヶ月をここで過ごしている。