愛しき日々
夢の中なのか身体がふわふわと浮いているような感覚に陥る。これが走馬灯というものなのかわからないが、記憶の断片が脳内に流れ込んでくる。あぁ、ついこの間までいたはずの愛しき日々が浮かんでは消えていく。
ずいぶん記憶を遡ったのか、それともまだ最近のことなのか、思考が薄れていく中でフッと笑顔の王女が浮かんでくる。反射的に手を伸ばし記憶の断片に触れようとする。その瞬間強い光に襲われた。
「ねぇ、ねぇクロム。起きてってば」
ゆさゆさと体を揺さぶられ、微睡から目覚めると木漏れ日が降り注ぐ様がよく似合う、純白のワンピースを纏った美しい顔をした女性が慈しむような眼で自分を座りながら見ていた。
透き通るような水色の艶々とした長髪にクリッとした真珠のような瞳。風に靡く髪を抑える姿は、まるで女神のようで。ついつい見とれてしまったが、ハッと我に返り返答する。
「あぁ、すみません。シャーロット・エアル王女。麗らかな日差しを浴びているとついつい眠くなってしまって」
身体を起こし、キョロキョロと当たりを見渡すとよく昼寝に来る王宮裏の林であることが解る。後頭部を掻きながらタハハッと誤魔化す様に笑い、言い訳になっているのかいないのか、自分でもわからないことを王女に言う。
「もう!クロム二人の時はシャルって呼んでって言ってるでしょ!」
頬を膨らまし、フイッと顔を背ける。私は怒ってますよーと、アピールしているつもりなのだりうが、寂しそうな目で私のことをチラチラとみて来る。
「フフッ すみませんシャル様」
「なんで笑うのよぉ!それに、シャル様って...昔はシャルちゃんって言ってくれてたのに...」
寂しそうな、困ったような目で私を見つめて来る。
「今は、お互いに立場がありますから。あまり私を困らせないでください」
お返しとばかりに私も困ったような顔を見せる。
「あら、そんな演技わたしには通じないわよ。そ・れ・に立場を言い訳にするならこんなと所でお昼寝してるのはいいのかしら。神官長補佐のクロム様」
今度は本当に困った。昔は純真でだった彼女も成長するにつれ、嘘も看破してくるようになった。フフンと自慢げな顔をしているが全く嫌味はなく、寧ろ褒めて褒めてと言ってるようで可愛い。
これはもう降参するしかない。参りましたと言わんばかりに両手を上げ項垂れる。
「あー、降参します降参でーす。白旗!白旗!」
両手を横に振りながら、少し拗ねたような声で答える。
「クロム、拗ねないで。わたしも意地悪しすぎたわ。ねっ!許してもらえないかしら」
困った目で見つめるシャル様と目が合い。
「「フフッ!」」
同じタイミングで、噴き出して笑いあう。
「私も意地悪な言い方をしてしまいましたから...これで仲直りです」
そう言い、スッと右手を差し伸べる。
「うん!これで仲直り!」
満面の笑みで左手を差し伸べるシャル様。この笑顔だけは小さいころから変わらない。私にとっての最愛の人だ。
「あっ!忘れてた!」
シャル様がはっとした顔でパンっと身体の前で両手を打った。
「もうすぐ礼拝の時間なのにどこにいるんだ!って神官長様が探してたわよ」
「あちゃー、もうそんな時間が経っちゃったんですか...」
サーっと血の気が引き、冷や汗が額を伝っていく。
「今なら走れば間に合うわ!さぁ行きましょう!」
そういいながらシャル様は立ち上がり、グイーっと私の体を引き起こそうとする。
「わっ!急に引っ張らない内でくださいよ」
「ほら、遅れて怒られちゃうよ。わたし、かばってあげられないかもしれないわ」
そういいながら、私の手を引き走り出す。
「解かりましたから!引っ張らないでください!ちゃんと走りますから」
「はいはい、わたしより体力がついたのなら手を放してあげるわ」
「グゥ・・・」
つい、ぐうの音が出てしまった。
そうは思うものの、この愛おしい時間が永遠に続けばいいと思う自分もいる。フフッと自然に笑みがこぼれる。
走っているとちらちらと木漏れ日が目に入り、反射的に空を仰ぐ。麗らかな日差しと、春特有の若々しい木々の香り、それに相まって揺れる葉の隙間から見える青空は美しかった。
あぁ、今日も願わくば平穏な日でありますように、と女神さまに願う...
「こら!クロム!大方昼寝でもしていたんだろう!全くお前は...」
礼拝堂の控室で神官長の怒号が響く。身長は私より10cmほど高くそれも相まって余計に圧を感じる。普段はその端正な顔立ちと碧い目、更に長い銀髪が合わさり女性からの人気も高いのだが、今はそんなファンたちも逃げ出すレベルのしかめっ面だ。
あぁ、女神様私の声は届かなかったのでしょうか。全然平穏じゃありません。
「おい!クロム聞いているのか!?」
「モチロンデス」
しまった、すごく不自然なイントネーションになってしまった。
「はぁ...そういうところだけゲイルに似るとは...」
「ごめんなさい」
情けなく震えた声が出てしまった。
「いや、こちらこそすまなかった。そんなつもりじゃないんだ、クロムは大切な私の息子だよ」
申し訳なさそうな、それでいて慈しみを帯びた声が聞こえたと思った途端、不意に抱きしめられる。
「ありがとう、お父さん」
少し照れながら、震える手でそっと抱きしめ返す。
先ほど名前が出たゲイルは僕の本当の父親だ。私が幼い頃住んでいた村が魔物の群れに襲われた際に、殿となって村のみんなを非難させ、そして散った。らしい。
らしいというのは、父の遺体はどこにもなく、数多の魔物の遺体とそして引きずられたような血痕だけが残っていたからだ。その後私は父の幼馴染であり当時、神官長補佐だったシモン・プシュケーに引き取られた。
お父さんは偶にお酒を飲むと父のことを話す。
正義感の強いガキ大将だったこと。お父さんの事を良く困らせていたこと。そして、誰もが無理だと笑った神官長になりたいという夢を真剣に応援してくれたこと。
父のことを話すときはいつもの凛然とした神官長の姿とは打って変わって、コロコロと表情を変える。怒った顔をしたかと思えば、嬉しそうに笑う。
でも、最後には決まって悲しい顔をして「ごめんな」と謝りながら眠る。
だから、私は父のことを尊敬しているし、大好きだけど、少し嫌いだ。
離れるタイミングが解らずなんだかもどかしくなっていると、コンコンと控室の扉をたたく音が聞こえた。
互いにバッと離れると、襟元を正し「ンっ」と軽く咳ばらいをし、神官長らしい威厳のある声で扉の外の人物に話しかける。
「入りたまえ」
ガチャっと音を立て、神官の一人が部屋に入ってくる。
「失礼いたします。来賓の方々がお揃いなられました。ご準備をお願い致しま・・・す。えっと、クロム様なぜ笑っておられるのですか」
あまりにも何事もなかったように神官長が話すものだから、ついクスリと笑ってしまった。
「何か面白いものでもあったのかね、神官長補佐殿」
ギロリと睨みながら私に問いかける。ウウッすごいプレッシャーだ。
「いえっ!何もありません!」
あまりの圧力に入隊したての兵士のような返事をしてしまう。
「君も、ご苦労様。直ぐに行くから先に下がってなさい」
神官長がそういうと、神官は一礼して部屋を出た。
「はぁ、神官長の座を譲るのはまだまだ先になりそうだな」
困ったような口調で私にそう言ってくる。
「でも、顔はまんざらでもなさそうですよ」
「口だけはどんどん一人前になっていくんだがな。さぁ、お喋りはここまでだ。行こうか、クロム」
そういうと控室のドアを開け講壇の脇に向かって歩き出した。
「フフッ、待ってくださいよ」
そういって神官長の後を追い駆けて行く。
遅筆且つ、見切り発車です。気長にお待ちください。