Step1 まずはチュートリアルを修了しましょう
さて、方針は自殺で決定。乙女ゲームにあるまじき激重選択肢なわけであるが、こんなものが選択できるのにはきちんと訳があるのだ。
詳細は省くが、主人公が戦場に出るためには、攻略中にいくつかのヒントを手に入れてフラグを立てる必要があった。大抵が異世界人についてのヒントだが、その中に『異世界人は死んでも遺体や血痕が残らない』『致命傷を受けると霧のように消えていなくなる』という情報がある。
そう、気づいた人は話が早い。この二つの情報から、『異世界人はこの世界で死ぬと別の場所へ飛ばされる』という仮説が立てられるのはお分かりだろうか。
もちろん不確定要素が強く、そもそも事実かを確かめようのない仮説に過ぎない。だが、主人公が元の世界に戻れる可能性を死に見出すきっかけにはなる。そしてその正誤は、選択によっては案外すぐに確かめることになるのだ。
戦場に出た主人公は、魔法具を操って戦功を立てていく。ここの能力ももちろんミニゲーム次第。しかしここで高い能力を示した場合、敵将に目をつけられ虜囚の身となってしまう。敵軍には任意の相手を一人操る魔法を使う人間がおり、主人公は敵の傀儡にされて自軍を襲うが、一瞬だけ自我を取り戻し──ここで選択肢。
1、助けてと叫ぶ
2、攻略対象の名前を呼び、殺してと言う
3、自害する
以上三つ。3を選べば無事現実世界へ戻り、異世界での記憶は無くなる、という仕様だ。誰も死なないのでまあ…平和と言えなくもないだろう。味気ないが。
ちなみに1を選ぶとゲームオーバー、2を選ぶとノーマルエンドα、つまりプレイヤーにとってのハッピーエンドに近づく。
1の場合、主人公が自軍を壊滅状態に追い込むという人間兵器もかくやの奮闘ぶりを見せてくれる。そもそも敵将に目をつけられるにはステータスがそれなりに高くなくてはいけない。トゥルーエンドを見るためにLv100まで上げたゴリラプレイヤーも数多く、納得の人災具合だった。最後は自軍の増援に討伐されてゲームオーバーだ。
2の場合、颯爽と攻略対象が現れ、主人公によって大怪我を負わされながらも魔法を解いてくれる。ボイス・スチル付きで、まさに血も滴るいい男といった感じの勇ましいイケメンが見れるわけだ。戦場に出るまでは条件が厳しく面倒だが、このスチル目当てで必死にレベリングをする人も珍しくなかった。
別にわざわざ戦場まで進まなくても、と思わなくもないが、ここで自殺して本当に戻れるかは疑問なところだ。とりあえずゲームシナリオからなるべく外れないように進めていきたい。それにまあ…心の準備というか、やっぱり自殺は…抵抗あるっていうか…。
ゴホン、何はともあれチュートリアルだ。ゲームでは今から、メインの攻略対象であり私の居候先の住人であるレグルス皇太子に謁見し、当面の過ごし方を教わることになる。また最低限の活動資金や初期アイテムなどもここで配布されるので、初心者プレイヤーさんはしっかりお話を聞いておきましょう。
というわけでやって参りました応接室。バラエティ番組の古い記憶をなんとか引っ張り出し、下座にあたる一人がけのソファに浅く腰掛けた。うわあふかふかだ。おしりが半分も沈む。
アンティークなソファの座り心地に一人感心しているうちに、ここまで案内してくれたメイドさんは逃げるように部屋を出ていってしまった。仕事だからかもしれないけど、なんか倦厭されてるみたいで傷つく。そういえば起きた時そばにいたメイドさんも、怖がってるみたいな挙動だった気がする。てっきり私が叫びながら起きたからだと思ってたけれど、もしかしたら異世界人って疎ましい存在なのかな…?
日本で例えたら、首相官邸で働いている人が未知との交信に成功して、急に宇宙人を呼び寄せた的な…うーん、拘束されてもおかしくない。なんなら狙撃すら有り得るのでは。
なんたって『異世界』人だもんなあ、あれ、私狙撃されたりしないよね? いやいやこの国は召喚常習だし、などと不安になってきた時、室内に軽やかなノックの音が響き、人が二人入ってきた。
慌てて立ち上がりお辞儀をしながら、彼らの手をチラリと確認する。二人とも武器らしきものは持っておらず、ひとまず安心した。
先に入ってきた方は皆さん既にご存知のレグルス殿下だ。この男、改めて見ても引くほど顔がいいのだが、やはりというか文字どおり次元の違う存在で、元の世界では見たこともない赤い瞳が強烈に記憶に残る。迫力のある美形、というべきかな。作画が二次元の時と変わらないのが恐ろしいところだ、根本的に画素数からして違う。私が懐かしのドット絵なら、ヤツは300万画素以上の高解像度人間なわけである。
続いて入ってきたのは、こちらも攻略対象だった。身の丈190センチに迫る恵まれた体格の美丈夫。ツンツンと固そうな短い赤毛と、硬質な鋼の色の目がいかにも意志が強そうな印象の彼は、タウリ騎士家の長男かつ帝国騎士団長のアルデバラン・コル・タウリ。詳しくは後で説明するとして、一言で言ってしまえば帝国最強の化け物だ。
彼は顔を上げた私をまじまじと見つめ、にぱっと人懐っこそうな笑顔を浮かべた。身長と体格のせいで威圧感があるが、彼の持つ雰囲気と愛想のおかげでそれが緩和されている気がする。
「お嬢さんが異世界人? …んー、目の色以外は普通に見えるが…」
「おい、珍獣じゃないんだ、失礼だからやめろ」
「っと、確かに不躾だったな。すまんお嬢さん、悪気はなかった」
「気にしてません。それより、状況の説明をお願いしたいのですが」
落ち着き払った私の様子に、レグルス殿下が一瞬だけ意外そうな表情を浮かべたのを、私は見逃さなかった。取り乱すと思ったのかな。思うだろうな、そりゃそうだ。
実はこう見えて結構興奮している。この非日常的な状況で心の底からリラックスできるほど図太くはないつもりだし、さっきの言葉だって脳内で台本を用意して声に出したから冷静に見えただけの事だ。コミュ障がやりがちな話法なのである、台本喋りは。
特大の猫を被って聞いた話は、概ねゲームのチュートリアルと同じ内容だった。コンフィグがどうのとかいう話は上手く濁されたりカットされていたが、世界観や今後の方針は変わらないらしい。
彼らの不手際で私を喚びだしてしまったので当然衣食住の保証はすること、元の世界に帰る方法を全力で探していること。それからここでの過ごし方などをテキパキと説明し、レグルス殿下は最後に丁寧に陳謝すると、騎士団長を引き連れて部屋を出ていった。
真面目だよなあ。状況から考えて、悪いのは勝手に召喚魔法を使ったおじさんたちなのに。それにもし喚び出されたのがこのゲームを知らない人だったら、たぶん混乱どころじゃすまない。レグルス殿下は多分、私に八つ当たりされることも想定に入れてここに来たのだろう。
そもそも、なぜおじさんたち──魔道師が異世界人を喚ぼうとしたのか。それは召喚時に囁かれていたとおり、この国の現状に理由がある。
ここレオニス・エンパイアは、千年以上の歴史を誇る巨大な帝国だ。他国に比べて科学技術の発展が著しく速く、資源も潤沢で労働力に事欠かないのだが、その発展がどこからもたらされたのか…それは代々皇家が召喚する異世界人の知識によるものだった。
この国の皇家に伝わる魔法陣。それを使って皇帝が代替わりする度に一人、私のいた世界の人間を喚びだす。この慣習は三百年ほど前から始まり、先々代の治世まで続いた。喚び出された彼らは皇帝に多くの知識を授け、国はますます栄え中央集権が進む──そういう仕組みを繰り返していたのだ。
だが先代皇帝は、これを異世界人の人権を踏みにじる行為だとして廃止。現皇帝もそれにならい魔法陣自体を破棄する話を進めていたのだが、それを察知した魔導師たちが破棄される前にと勝手に私を喚び出したのが事の発端である。
確かにここ数十年の帝国では、大きな発明や爆発的な文化の変遷は起こっていないのだろう。しかしそれが人間本来の発展の仕方であり、自然な流れなのは言うまでもない事。地球の人間がどれだけの時間をかけて文明を発展させたと思っているのか…全く贅沢な不満だ。
今回のことで皇帝…つまりレグルス殿下のお父様は激怒しているらしいし、喚び出した私はただの女子高生で授けられる知識なんてサブカル文化くらいのもので、そんなのこっちじゃ実質無価値なのだ。悪手だったとしか言いようがないね。
何はともあれゲーム開始。乙女ゲームでTASとか聞いたことないけど、最短攻略を目指そう。こんな前向きに自殺を考えるのなんて、後にも先にも今回だけだろうし。自分の呑気さに感謝だ。
絶対死ぬぞー、おー!