Step9 武器を入手しに行きましょう
朝です。日光が目に眩しい、本日も快晴です。
異世界滞在は二日目。なんだか既にここに来てから何ヶ月も経ったように思えるのは、昨日のスケジュールが濃密だったからだろうか。時間がタイトだった訳ではないが、出てくる人が皆さすがのキャラクターの濃さで、相手をするのにドッとメンタルを削られたのは言うまでもない。加えてこの、
「未央、今日はどこに行くんだ?」
くつろぎまくってるお猫様のおかげで疲労困憊だったよォ~~!!
昨日の夜は大変だった。結局何を言ってものらりくらりと躱され、追い出すことは叶いそうにない。ステラがいたら絶対ダメって場面は正直ないだろうし、ラスボスでステータスも高いから、手助けしてもらえるのならこれ以上ない味方なんだろうけど…ただリスクも多少あるんだよなぁ。まあ仕方ない、飽きたら勝手に出ていくでしょう。
今はベッドの上でゴロゴロしてる猫状態のステラだが、寝床のことでも一悶着あった。国民が神(仮)として崇めている相手をソファに寝かせるのもしのびなく、かと言って私がこれから数ヶ月ずっとソファで寝るのは現実的じゃない。悶々と悩んだ挙句、戻らないでね、絶対人の姿に戻らないでね発狂しちゃうから、と何度も釘を刺した上で同じベッドで眠ることになった。フリかよ。これも日本人じゃなきゃ通じないから言わなかったけど。
ありがたいことに私のシーツや掛け布団は、毎日王宮の侍女さんたちが洗ってくれているらしい。異世界人には近づきたくないけど仕事はちゃんとやる、その姿勢には頭が下がる。しかし現状私は穀潰しなので、あまり迷惑を掛けたくない。シーツに毛が着いちゃうでしょ、と両脇に手を入れてベッドから持ち上げると、体がみょーんと伸びた。猫あるあるだ。
「この体は仮想体だぞ、老廃物の分泌もないし毛も抜けない」
当たり前のことだとドヤ顔。いや知らんがな。呟いて容赦なく床に下ろす。昨日から敬語を使う度に鋭い猫パンチが飛んでくるので、段々遠慮をなくした私である。
今日はミモザさんともう一人、私より少し年上くらいのメイドさんが入ってきて朝の支度や朝食を促してくれた。若い方のメイドさんは始終私の顔色を伺っていたようだが、私の無害アピが功を奏したのか、はたまたあまりにも私が間抜けな顔をしていたのか、気の抜けたような顔でミモザさんと帰っていった。
今日の洋服はこれまたシンプルな深緑のワンピース。ズボンがいい~と駄々を捏ねるのも大人気ないのでしないが、正直昨日に引き続き落ち着く格好ではない。日本ではジーパン愛好家女子だったもので。どちらにせよ、これから行く先で着替える必要があるのだから気にしなくていいかと気を取り直す。
「ねえ、ステ…ちょっと待って、不味いかも」
「なんだ? 何か問題があったか?」
「うんあのさ、名前のことなんだけど」
私は今彼をそのまま呼んでいるけれど、一応ステラはこの国をあげて信仰する神様の名前なわけだ。黒い動物が神の化身と言われているとはいえ、猫をステラ呼びしたりしたらちょっと問題になりそうだと思ったのだ。
その辺どうなのか聞くと、彼はそういえば俺と同じ固有名をつけられた生き物は見たことないな、戒律では別に禁止してなかった気がするがと欠伸をしながら言う。あっっっぶな、セーフセーフ。多分これ暗黙の了解になってることなんだ。
「他に人がいる時の呼び方、考えておこうよ」
「他の名前か…なんでもいいぞ、俺は」
「一番困るヤツじゃん…」
「名前はすでに数え切れないほどある。その中で特に有名になったのが『ステラ』だったに過ぎないからな」
そう言われると確かに、ずっと昔から存在した彼は様々な呼び名があるのだろうと思える。その中でお気に入りだったのは無いのかと訊ねても、気がなさげにゆらりとしっぽが揺れるだけだった。仕方ない、私が新しい名前を増やしてしまおう。
メタ的な視点で考えると、ステラはラテン語の『星光』という意味の言葉から取られた名前だろう。この単語は結構有名なはずだ、ほらステラおばさんとか…いやあれは人名だから違うのか? とにかくラテン語で揃えるのはどうだろうか。レパートリーはそんなにないけど。
彼が司るのは確か、星と、智恵と…そうだ、夜。智恵はちょっと分からないが、夜なら分かる。
「ノクス、とか」
「新しい名か? …いいんじゃないか、覚えておこう」
よっし。
二人で長い城の廊下をひたすら歩く。いやステラは私の後ろ首に沿うような形で肩に乗っているので、歩いているのは実質私だけなんだけれど。ステラが猫の時は多少細身で小柄になってくれているからできることで、本物の猫だったら落としそうでできない。
「それで、結局どこへ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないぞ。さっき聞いた時はお前がシーツに毛がつく云々言ってて答えてくれなかった」
「ごめんごめん。今日からはステータスの上昇に励むので、まずそのための道具を用意しに行くんだよ」
「道具…武器とかか?」
「ご名答」
足を止める。私室のある第三宮から来たため少々遠かったが、朝の散歩をしたものだと思えばいい。
ここは第四宮の中庭。初日に会った、アルデバラン・コル・タウリが団長を務める帝国騎士団が主に鍛練場として使っている場所だ。そんでもってちょうど今、向こうで部下らしき人達に剣の指導をしているのが話題の騎士団長ってわけだ。
「脇を締めろ、力を入れすぎるな! …ん、そういう場合はこう…ギュッとしてグッって感じだ。分かるか? え、分かりにくい? 困ったな、やっぱり向いてないか…」
まあ作中でも言及されていた通り、彼は人に物を教えるのが壊滅的に下手だ。一日目に少しだけ触れたが、武功は有り余るほどにあるのだ。彼に関するおとぎ話じみた非現実的な逸話や噂も数多く、驚くべきことにそのどれもが実話という手に負えなさ。魔法剣の分野はさておき、純粋な剣の腕ならこの国、いや世界でも勝てる人間はそういないと言われるほどに、彼は強い。
ただ残念なことに、その他がてんでダメだった。一騎当千故に団体を率いるのは向いておらず、後進の指導は擬音と勘が溢れかえる。天才の思考を凡才が理解できない、典型的な例のようだ。その割に団長にまでなってしまったのは、武功を立てすぎて一兵卒では外部に示しがつかなくなってしまい、また周りの強い推薦(半ば強制)を受けて持ち上げられたからである。頭は決して悪くない、懐の広いいい人なのだが…。
「人間はあんな擬音だらけで曖昧な言葉でもコミュニケーションを取れるんだな。俺も長く生きてきたが、まだ人間のポテンシャルを理解しきれてないみたいだ」
「ステラ、純粋に感心してるだけなのはわかるけどそれ、嫌味に聞こえるよ。よく見て、取れてないからコミュニケーション」
ステラの呟きにツッコミを入れる。昨日はアトリアさんがいたので、引き続き一緒に居てくれる人(?)がいるのは心強い。なんだかんだ言って私はこの世界じゃ異物なわけだし、ホームシックにもなるってもんだ。全くの異世界で衣食住が保障されてるあたり私はとても恵まれているとは思うんだけど、それはそれとして家に帰りたい気持ちは変わらない。
中庭の隅で立ち尽くす猫一匹と人間一人にいつから気づいていたのかはわからないが、アルデバラン騎士団長が指導を終えてこちらへ駆け寄ってきた。しまった、私から声をかけるべきだったかも。




