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空戦活劇 スカイスライサーズ  作者: 楽土 毅
第1章 光と影の邂逅
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第8話 闇より黒い

 三角笛と呼ばれるガルダを呼ぶための笛だ。それに息を吹きこむ。

 人間には聞こえない波長で飛ばされた音波は、すぐに相棒のガルダであるラッキーの元に届いたらしい。聞きなれた羽音がジャスミンを迎えにきたのは、ほんの十数秒後だった。


「お、なんか生き生きしてんな。いいエサでも取れたか」

「キュイ」


 ラッキーをジャスミンのもとから放していたのは、自分でエサを取らせるためだ。ちなみにガルダの主食は肉である。動物も魚も食べる。


 しかし最近のラッキーのトレンドは虫らしい。ようするに何でも食べる。いいエサが取れたときのラッキーは鳴き声や表情ですぐにわかる。


「おうおうご主人様が空腹で倒れそうだってのに、脂の乗ったいい表情しやがって。てめ食うぞこの野郎」

「キュイ⁉」

「冗談だよ、ほらこっちこい。大丈夫痛くしないから。先っちょだけ、手羽先っちょだけだから、な?」

「キュ、キュイ!」


 ラッキーはよだれ垂らして迫るジャスミンから後ずさる。身の危険を感じているらしい。伸びてくるジャスミンの両手を羽で打ち落とす。するとジャスミンは強行モードに移行した。


「ええいこの野郎! 手羽先食わせろ! そのうまそうな手羽先をたらふく食わせるんだこのアホ鳥!」

「キュウウウ!」

「ぎゃあああ」


 飼い犬に手をかまれるとはこのことか。

 ガルダの羽を動かす筋力はかなりのものだ。その馬鹿力を総動員した羽でジャスミンは叩き飛ばされた。地面をごろごろと転がる。


「この、やりやがったなてめぇ。今のをガノンが見てたらお前今頃三枚おろしに――」


 ジャスミンの言葉はそこで途切れた。ジャスミンの視線はラッキーではなく、その背後に向けられていた。片膝ついた姿勢からの抜刀と同時に地面を蹴りつけてラッキーへと突進する。


「キュ――」

「伏せろっ!」


 ドズの利いたジャスミンの声に驚くようにラッキーが身を縮めたのとほぼ同時、その背後から迫り着ていた刀剣がラッキーの羽毛を(さら)ったところで、ジャスミンの一手が閃いた。ほぼ右腕が伸びきった状態からさらに左手を背中に滑らせて二刀目を抜く。心の中で詫びつつ、ラッキーの背中を足場にして容赦なく踏み込み、謎の強襲者の膝元をその二刀目が狙う。


 しかしその二撃目は決定打にならなかった。敵は懐から知らぬ間に取り出した小刀で二手目を受け止めていた。ジャスミンは目を見張る。こいつはその辺のゴロツキではない。そのような者が受け止められる類の攻撃ではなかったはずだ。


「『われら誇り高きガルダ乗りは、自分の命よりも、ガルダの命を最優先とするべし』」


 暗い夜である上に、外灯の位置が敵の背後にあったため、顔はよく見えなかったが、その声を聞く限り、その強襲者は自分とそれほど変わらない年頃の少年のようだった。


「うちの訓戒の一つだよ。手羽先うんぬん言ってるときはまさかと思ったけど……。杞憂だったみたいだね」


 少年が、笑ったような気がした。


「今のは迷いのない、いい動きだった。このガルダをいかに大切に思っているかを――」


 ジャスミンは少年の背後に視線をやった。顔の向きはそのままで、あくまで視線だけを動かした。並みの戦士なら見逃すほどの動きだったが、少年は察知した。身をかがめて、ジャスミンが視線を向けたほうを探り始める。


 その隙にジャスミンはラッキーの背に飛び乗った。さっきのアイコンタクト染みたものはただの演技だ。別に他に仲間がいて、その者に合図を送ったというわけではない。ただラッキーに乗り移るための隙を、少年に作りたかっただけだ。


 ラッキーの挙動は鮮やかだった。羽のひと振りで空に舞い上がると、あっという間にスピードを上げていく。


 その間にジャスミンは、ラッキーの背に取り付けてある革製の鞍に、安全ベルトで自分の体を固定する。鞍と言っても、馬につけるようなゴツイ奴ではない。そもそもガルダの背は羽毛で包まれているため、直に乗っかってもお尻はそれほど痛くない。しかし、そのままだとちょっとした拍子に滑り落ちてしまうため、鞍をつけてある。


 また、いわゆる『ガルダ乗り』の中でも空戦を生業にする者は、このように厳重に安全ベルトで固定する。これをしておけば、ガルダが仮に宙返りしても落ちることはない。まさにガルダとガルダ乗りが一体となるのだ。


「ラッキー、アイツは昼間のザコとは違うぜ。気を引き締めていこう」

「キュイ」


 ラッキーはジャスミンとともに実に八年もの間数々のガルダ乗りと戦い続けている。もう立派な空の戦士だ。ラッキーも、少年の醸し出す計り知れない危険性を感じ取っていることだろう。


「やれやれ、噂通りの血の気の多さだね。僕は空戦なんてやるつもりなかったんだけどなぁ」


 闇よりも黒い両翼が、眼下で躍動する。謎の少年を背に乗せた黒きガルダが、からかうようにラッキーの周囲を旋回し始めた。


「そのくせ、相棒はしっかり連れてきてんじゃねぇか」


 空戦をする気がないなら、ガルダを連れてくる必要はないはずだ。少年の乗る黒きガルダに目を向けながら言った。


「それはあくまで移動手段としてね。船から白銀のガルダが見えたからもしやと思ってさ。白色のガルダって珍しいし。すぐに確かめたくて、着港を待たずに先に一人で飛んできちゃった」


 どうやらこの少年、先ほどの男が言っていた『でけぇ船』から、ガルダに乗ってここへやって来たらしい。


 しかし、「すぐに確かめたくて」の意味がわからず、ジャスミンは顔をしかめる。すると少年は続けた。


「君、ジャスミン・アルフレッドで間違いないね」


 血の巡りが加速する。得体の知れない相手ほど怖いものはない。


「全力で殺しに行くつもりだったが、やめだ。生け捕りにして洗いざらい吐かせてやる」


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