第7話 空腹の猛獣
喧騒にあふれた町並みをぶらぶらとぶらついていると、ジャスミンのお腹がさらなるエネルギーを所望してぐうと鳴った。
「ダメだー、食い足りん。こりゃあ由々しき事態だな」
ジャスミンはぐるぐると唸るお腹をさすりつつぼやく。食事中にドリアーナの店を追い出され、今は代わりの店を物色中だが、あまり良さげな店がなかった。ドリアーナの店は、このソールズベリではかなりグレードの高いメシ屋だ。そこの味に舌が慣れてしまっているジャスミンには、その辺の店の食べ物では物足りない。大食らいの上に、グルメなので質が悪い。
「おいガノン、何とかしてくれよ。このままじゃ姉ちゃん死んじゃうよ?」
隣を歩く金髪の少年、ガノンは常に周囲に向けて目を光らせている。ジャスミンは優れた戦士だが、いかんせん油断しがちだ。その分もとばかりに、ガノンは警戒心をむき出しにしていた。
無論それは、ジャスミンをあらゆる危険から守るためだ。
そのことをわかっているのか、いないのか。ジャスミンは気の抜けた声で先ほどのようなことをガノンに言った。
「え、そんなこと言われても、僕お店には詳しくないですし」
当のガノンも困惑している。
どこのお店で何を食うか、どこの宿に泊まるか、次の標的はどこの海賊団にするか。すべての選択権はジャスミンにある。ガノンはいつだって彼女の選択に従うだけだ。
しかしときどき、面倒になったときに、ジャスミンはその選択をガノンに丸投げすることがある。
例えば今。
もうお腹がすいて捜し歩くのが面倒なのだろう。何とかして食べるものを自分で用意してこいと、ガノンに向かって言っているのだ。
「そうかそうか、つまりお前は私に死ねっていってるんだな」
それがとどめだった。
「すぐ行って来ます待っててくださいすぐにお持ちしますんで!」
ガノンは疾風のように駆けだして夕闇の街に消えていった。
ジャスミンはそばにあった木箱に腰を下ろす。お金はすべて自分が持っていること――つまり今のガノンは無一文であることをふと思い出したが、彼女にはまるで他人事だった。ガノンなら何とかして食べ物を掻っ攫ってくるだろう。ジャスミンはガノンをやればできる子だと信じている。
ジャスミンは空を見上げる。世界を闇が包みつつある。どんなに強くなっても、最強のガルダ乗りになっても、それには抗えない。今日もジャスミンの大嫌いな夜がやってくる。あの夜と同じの。
「…………ん?」
そのとき、何やら異変に気づいた。
町中がどこか騒々しい。そこここの店を慌しく出入りする人々や、何事かを大きな声で話し合いながら駆けていく人々も見えた。
不審に思ったジャスミンは、彼女のそばを駆けていこうとした一人の男をひっ捕まえて尋ねた。
「おい、そんなに急いでどうした」
「ああん?」と一瞬顔をしかめた男だったが、相手がただの子供ではなく、『スライサーズ』の片割れだと気づき、すぐに姿勢を正す。
「ああいや、どうもでけぇ船がこっちに向かってるらしくて」
「でかい船? この島にか?」
「ああ。つかもう着いてるころかもしれん」
男はそう話す間もそわそわしっぱなしだ。こんな会話をしてる時間も惜しいらしい。
「わかった、サンキュな。行っていいぞ」
「おう、あんたも気をつけろよ」
男は軽く片手を挙げて走り去っていく。
「誰にいってんだか」
ジャスミンは小馬鹿にするように呟いた。この自分が気をつけなくちゃならないものなんて、弟の暴走と食中毒だけだ。
――まあでも、ラッキーは呼んどくか。一応アシは確保しとかねぇとな。
そう判断したジャスミンは、ズボンのポケットから三角形の笛を取り出した。