第6話 荒くれた町
グラナダ島の南端、ソールズベリは海賊の集まる町だ。基本的に海賊というものはそれ以外の者たちからは忌み嫌われる存在だが、この町だけは別だった。
海賊たちの持ってくる略奪品目当てに、この町の者たちは海賊たちを歓迎しているのだ。当然そうなると町の治安自体は最悪レベルであり、常日頃からケンカやトラブルが絶えない地であるが、にぎやかであることだけは確かだった。
そんな雰囲気が不思議と好ましく思える。自分が生まれ育ったところに比べたら百倍はマシだ。ジャスミン・アルフレッドは心からそう思っている。
燃えるように赤い髪をがさつにかき上げ、ジャスミンはこんがり焼けた骨付きチキンにかぶりつく。
ガルダ乗りの中には「ガルダ乗りが鶏肉を食べるのは冒涜だ」という者がいるが、知ったことではない。そもそも神聖なガルダと、それ以外の鳥を同列に語るのがおかしいのだ。
無論、ガルダ以外の鳥の存在を軽んじているわけではない。こんなにおいしいものを軽んじることなどできるわけがない。むしろ好きだ。食べちゃいたいほどに大好きなのだ。
自分の顔より大きい特大チキンを十秒で平らげると、ジャスミンは最後に骨を口の中に放り込み、バリバリと噛み砕く。
「ドリー、次!」
「ほいほーい。ちょっと待ってね」
ジャスミンの声に答えたのは厨房で世話しなく働く一人の女性、ドリアーナだ。華奢に見えて、腕っ節はかなり立つ。その辺のゴロツキなら素手で押さえ込んでしまうほどの傑物だ。
「ジャスミンにはいつも世話になってっからね。サービスしとくよ」
「おーっ!」
次に出てきたのはシーフードピラフだ。
ピラフと聞いて侮るなかれ。ただのピラフではない。具材がとんでもなくゴージャスなピラフだ。カバチイカにクイナエビ、ソラ貝、、キリニア海三大珍味とされる巨大魚カルクーナの魚卵。贅沢にもほどがある。
ジャスミンのスプーンを持つ手が震えた。ごくりとのどを鳴らし、意を決して口へと運ぶ。その瞬間口が幸せでいっぱいになった。
「うぅんまい! バリうま! なんだこれ! 手が止まらん!」
「へっへー、そうでしょ? 今度ジャスミンが来たときのためにって、具材取り寄せといたんだ、感謝しなよ」
ドリアーナが得意げに言う。するとジャスミンはあっという間に空にした皿を差し出して、
「決めた! 私はドリーを嫁にする!」
「あ、あー、そういうの冗談でも言うのやめてくれる? 私がガノンに殺されちゃうから」
ドリアーナは苦笑いを浮かべつつ、ちらっとジャスミンの隣を見てみる。案の定、ガノンが殺意と嫉妬の目をドリアーナへと向けていた。
しかしジャスミンは気にした様子もなく、グラスに入った水を呷るように飲む。
「何言ってんの、冗談じゃねぇし。私本気でドリーを愛してる」
のんきに続けるジャスミンに対し、ドリアーナは戦慄の表情を浮かべていた。
「やめろっての! ガノンお前のこととなると見境なくなるんだからさ! ほら見てみろよもうすでに抜刀してんじゃん! 殺る気まんまんだよ!」
「きゃは!」
「笑ってる場合じゃないって! 早く止めて!」
ドリアーナは今にも泣きそうな声で叫ぶ。ジャスミンは仕方なくガノンに向かって、持っていたスプーンを向けた。
「す、わ、れ」
そして椅子の方へ。それが魔法ででもあったかのように、ガノンは素直に腰をおろした。
「お前なぁ、私が可愛すぎて大好きなのはわかるけど、少しは我慢ってもんを覚えろよ。いや我慢っていうより、少しは余裕を持てって話だ」
打って変わってガノンは椅子の上でしゅんとしている。落差が激しすぎる。こうしていると本当に女の子のようだ。
「ごめんなさい……でもジャスミン姉さんに悪い虫がついたらと」
「いやまあ謝ることはねぇけどよ。誰にも迷惑はかかってないわけだし」
ジャスミンが意外にも優しくそういう中、ドリアーナは訝しげな表情を浮かべていた。
「いやいや、私殺されかけてんだけど、大体あんたが余計なこと言わなければ済む話だし」
ドリアーナが非難をこめた目でジャスミンを見る。するとジャスミンはへらへら笑いながら、手の中のスプーンをもてあそび始めた。
「いやね、私としてもガノンがここまで私にヤンデレてくれてることは悪い気しないわけで、たまにそれを実感したくなるっつーかね?」
「つまりそのために、わざとガノンをけしかけたと?」
「てへっ」
ぺろっとジャスミンは舌を出すが、その可愛さがドリアーナには憎らしかった。ノリで殺意を向けさせられてはたまらない。こんな奴にスペシャルなピラフを用意したことを後悔した。
「出禁ね」
「へ?」
ドリアーナがぼそっと言った言葉が、ジャスミンにはよく聞こえなかった。耳に手を当てて彼女のほうに体を寄せた。
「何か言った?」
ドリアーナはジャスミンの耳元でこう叫ぶ。
「あんたらはしばらく出入り禁止! 次のお宝手に入れるまでぜったい入れてやらないんだからね!」