第53話 謀略
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コルクハント副船団長兼第三連隊長を欠いたこの『キルコ』副船団はもはや壊滅状態であった。コルクハントが指揮していた第三連隊は赤い鬼神によって既に海の藻屑となり、この船に乗る第四連隊も戦える駒は既に出し切った。後はクーベルクから徴兵した付け焼刃の戦闘員を残すのみである。
この船を任されていたバルステイン第四連隊隊長は途方に暮れていた。奇襲隊を指揮していた『レオング』船団も落ちたらしく、連絡も途絶えている。
そしてもっとも厄介なのが、『アルデリック』海賊団の部隊がほぼ残存していることである。今は味方であるはずだが、以前からキリニア海を拠点にする海賊としては過激派として知られており、コルクハントからも十二分に注意するよう言付かっている。
『アルデリック』から奇襲隊として派遣されたのはカルゴ率いる第3番部隊だ。残虐非道かつ姑息で、今も矢面に『レオング』と我々『キルコ』が立たされ続けている。当然我々としては面白くない。フラストレーションはたまりっぱなしだ。
「あの、まだ戦うのでしょうか?」
部下のベルベッタが右腕の傷を自ら包帯で止血しながら尋ねてきた。幾度もの出撃で疲弊し、言外にこれ以上戦うのは無理だと告げている。
「そうだな。ここが引き際かもしれん」
我々だけでなく、船団長まで失ってしまった『レオング』ももう限界だろう。優秀な部下を備えていることで知られるが、失ったものがあまりにも大き過ぎる。『レオング』海賊団はもはや、レオング船団長・マルス副団長の弔い合戦を謳い、冷静な判断能力は失っている感じだ。
こちらも疲弊の程度は大きいが、逆にまだ引き返せる段階にある。判断は早いほうが良い。
バルステインは顔を上げた。
「いったん航路を外すぞ、戦線を離脱する」
「はっ!」
離脱の命を受けたベルベッタはすぐざま船員に指示を出し、標的であった鳥竜騎士団のアムール号の航路から進路を外していった。先方も防戦一方。こちらから離脱していくのは大歓迎だろう。
悔しい思いがありながらも、みなどこかほっとしたような面持ちであった。特にクーベルグの徴収兵たちは、これで帰れると静かに涙を流すものもいた。
「キィー」
隣では相方のガルダであるクリトンが心配そうな顔で覗き込んできた。彼にもかなりの無理を強いてしまった。労いの意味も込めて頭を撫でてやる。
「すまないな。ゆっくり休むといい」
一度離脱を決断してしまうと、存外すっきりするものだなとバルステインは思った。キルコ船団長もキレ者の非道者で名を知らせているが、忠実な部下には、むしろ無謀で無駄なことを嫌う男だ。この状況でこの判断を咎められることは無いだろう。
さぁ帰って体を休めるとしよう。コンコルダの巣をやり過ごしつつ、南のほうへ一時撤退するか、ソールズベリもいいかもしれない。あそこには店主が美人のお気に入りの店がある。
「お頭! 大変です!」
緊張からの弛緩。そこに大声を上げて部屋に飛び込んで緊張を走らせたのはベルベッタだった。
「敵影です! すごい数の!」
「……なんだと」
わけもわからぬままバルステインは甲板に飛び出した。標的であった鳥竜騎士団のアムール号からは完全に進路は外れ、もう船影は米粒大の距離にある。
「お頭! 敵影はあちらです!」
「ん?」
ベルベッタが指差したのはアムール号の方角ではなく――
「あれは、まさか――」
血の気が引いた。二十、三十を下らないガルダ乗りがこちらに向けて猛進してくる。しばし呆然と見つめていたが、これから起ころうとしていることに思い至り、バルステインは声を張り上げた。
「総員武器を持てっ! 『アルデリック』のバカ共が攻め込んでくるぞ!」
飛べるものは皆飛び立ち迎撃態勢に入る。瞬く間に戦闘が始まるがあまりの数的不利に第四連隊のメンバーが次々と墜とされていく。先陣を切ったベルベッタも奮闘するが、やがて銃弾に倒れる。
「くそっ、ここまでか……くそったれが」
バルステインもクリトンに跨り空に舞い上がった。怒りが込み上げる。奴らはこのタイミングを狙っていたのだ。
バルステインは槍を構える。
ゴーグルを被り無表情で突撃してくる『アルデリック』の小隊と交錯する。あまりにも戦力差のある絶望的な戦闘だが、連隊長としてこのまま終わらせるわけにはいかない。終わらせることはできない。
「らぁあああああああっ!」
真正面で交錯した知らぬ敵に槍を突き立てる。心臓を捕らえた一撃の余韻も置き去りにして横なぎに一線、ローリングで後方を捉え背後から一突き、一呼吸とともに踵を返し一気に加速して、別の若造の背後を捉える。
「このやろう……なめやがって……ぐっ」
背後からの銃弾がバルステインの腹部をえぐった。傷みは感じない。気がつけば目の前の若造の背中を自分の槍が貫いていた。抜き取ると同時に踵を返し、船から離れる方向に進みながら高位を確保する。ある男に狙いを定め、間髪入れず急降下。男が自分の突進に気づく。男の横なぎに振るった剣をかわしながらバルステインは男の首を刎ねた。手ごたえがあったのは、それが最後だ。
瞬間、雨のような銃弾が降りかかってくる。
自分の得物を持ち上げる力すら失い、クリトンの背中に体を沈めてしまう。
背後から敵騎が迫っているのを感じる。だのに体が言うことを聞かない。動け、動け、俺が倒れたらもういよいよこの隊は終わりだ。バルステインの異変に、クリトンは自らの判断で戦線を外れようとするが、すぐに追っ手がかかる。銃弾が次々とバルステインとクリトンを貫いていく。
「キルコさん、コルクハントさん。ここまでです……すんません」
クリトンは血を流しながら弧を描くように、ひたすらに回避を続ける。バルステインは最後の力を振り絞ってクリトンの背中をさする。
「クリトン……すまねぇ」
その言葉を最後にバルステインは事切れた。
「キィー……」
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『アルデリック』の謀略により、『レオング』本船、『キルコ』第四連隊は壊滅した。
その合間にキース率いるアムール号は状況打開のため、ある準備を進め、そのときに備えた。
一方で、エルデミアラ島に待機していた『キルコ』船団長は、事態の急展開に一時は取り乱したものの、冷静に戦況を見定め、予定通りサンミニストでアムール号を叩くべく、戦力を集結し始めた。
そしてガノンとユールは、クーベルグの徴収兵たちを乗せた船でサンミニストを目指す。
各自集めた限られた情報を元に、作戦を立て、準備をし、サンミニストに集結する。




