第51話 その時に備え
「今僕らはサンミニストに向かっている。でも、後ろからずっと敵が追ってきていて、思うとおりの進路を取れていないんだ」
「じゃあその敵を叩けば……もしかしてそれができないくらい戦力減ってんのか?」
キースの報告を聞き、ジャスミンは恐る恐る尋ねた。
元々アムール号の戦力の頭数はそれほど多くない。あくまで少数精鋭が売りの騎士団だ。たった一人の戦力の消失が、騎士団全体に多大な影響を与えうる。
特にユール、ガノン、ジャスミンがしばらくいない、あるいは戦えない状況であった今まではさぞ大変だったことだろう。
「いや、あの状況を潜り抜けたにしては、被害はかなり少なくてすんだ。ただ絶対数が違いすぎる。相手の残存戦力は、まともに相手にするにはきりがないほどだ」
なるほど、どうやらこちらの頭数が少ない以上に、敵の戦力が無尽蔵にあることのほうが重大らしかった。
「じゃあどうすんだよ」
「こちらの戦力が足りないなら、相手の戦力を削ればいい」
キースのその言葉にジャスミンは呆気に取られる。言うのは簡単だが、そんなことができるのか?
キースは続けた。
「確かに戦力差は大きいけど、向こうはけして一枚岩じゃない。むしろ普段は争っている者同士が一時的に組んでいるだけだ。ほころびが生まれればその結託は簡単に瓦解する」
確かにそこはジャスミンも思っていたところだ。本当に彼らが協力して組織的な動きができるかは怪しい。
「あくまで敵の敵同士で組んでるだけであって、味方ではないわけだしな」
「そう。しかもそれに加えてクーベルグの王朝が無理やり戦力として投入しているクーベルグの徴集兵。彼らも戦いには嫌々参加しているようだし」
「クーベルグの徴集兵? あの海賊どものバックにはクーベルグがついてんのか?」
ジャスミンにとっては初耳である。確かにここからクーベルグの大陸は近いが、それが事実ならクーベルグはウォルガナに対して明らかな敵対姿勢を見せたことになる。
「まああくまで戦争をしたがってるのは上層階級の人たちだけだよ。強欲にかられた哀れな人たちのね」
「どこの国も同じだな」
ジャスミンが皮肉を利かせて言うと、キースは困ったように笑みを浮かべた。
「そうだね。うちも似たようなものだ」
キースはけして国王に忠誠を誓って戦っている類の騎士ではないらしい。あくまで守るべきは市民全般ということだろうか。実に彼らしい考え方だ。
「まあいい。とにかく付け入る隙は十分にあるってことだな? その辺の細かい作戦はお前たちに任せるよ。私は何をすればいい?」
ジャスミンが尋ねると、キースはふっと相好を崩す。
「まずは元気になってもらわないとね」
「了解した」ジャスミンは頷くと、後ろのドリアーナに向かい、「ドリー! なんか旨いもん作ってくれ! 肉々しいやつ!」と注文をつける。
ドリアーナは腰に手を当てて呆れたように目を細めた。
「ご飯作るのはいいけど、まずは消化にいいものほうがいんじゃないの?」
「私の胃袋なめんな。いいから黙って私のいうもん作りゃいいんだよ!」
「なに亭主関白ぶってんのよ! んなえらそうなこと言ってると食事にキルガニッシュの卵混ぜ込むぞいいのかああん⁉」
「やめて! それだけは!」
ジャスミンは軽く手の平返して頭を下げる。ギルガニッシュの卵は美味で知られるが、食べたら最後、三日三晩、出産に匹敵する痛みに悩まされるという。ジャスミン自身出産は経験してないが、ギルガニッシュの卵はうっかり食べたことがある。鉄の胃袋を誇る自分でも、二日は痛みで身動き取れなかった。
「じゃあ作ってくるから、ちょっと待ってな」
ドリアーナはため息混じり言い残し、部屋を後にした。恐らく給仕室だろう。なんだかんだでドリアーナは優しい。
「じゃあ僕も指揮をとらないといけないから、戻るよ。ティータちゃん、ノック君、ジャスミンちゃんをお願いね」
「「はい、任せてください!」でござりますでそうろう!」
キースたちを見送ったのち、ティータがこちらに振り返る。
「じゃあ着替えましょうか。包帯も替えるんで、いったん脱いでもらいたいんですけど、自分で脱げます?」
「いや、悪いけど脱がしてくれ」
「はいはーい。じゃあ失礼しますね~」ティータはいったい何がそんなに楽しいのか、にこにこしながらジャスミンを起こし、服を脱がしにかかる。「あ、ノックんは外出ててよ?」
「ああ、そうろう」
わけのわからないのその返答は「了解」の意らしく、ノックは部屋を出た。それを確認すると、ティータは手際よく包帯を外していく。横腹の辺りと胸の下に、いつつけたのかも覚えていない鋭利な傷口があった。中々にグロテスクだが、ティータに怖気づく様子はなかった。
「お前、結構慣れてるんだな」
ジャスミンが尋ねると、ティータは、「ん?」と小首を傾いだが、やがて得心が言った様子で
「あー」と頷いた。
「私ここの騎士団に入る前、医療活動してたんです。と言っても私バカだから医学知識は大したことなくて、できるのは応急処置程度ですけどね。手先も不器用だし。でもガルダに乗れたからわりと重宝されました」
病気や怪我では、場合によっては一分一秒の処置の早さが生死を分けることもある。どこでもすぐに駆けつけられるガルダ乗りの医師の存在は心強かったことだろう。
またこれはジャスミンの知らないことだが、船の甲板で血まみれで倒れていたジャスミンを最初に見つけたのが応急処置に覚えのあるティータであったことは、生死に関わる僥倖であった。
「そりゃあ立派だな。だのになんでまたこんなところに?」
「……それは」
ティータは一瞬手を止め、扉のほうに目を向けるが、すぐに手当てを再開した。
「秘密です」
照れくさそうに言うその笑顔の裏に、いったいどんな決断があったのだろうとジャスミンは少し興味がわいたが、今は聞かないことにした。




