第47話 恩人からの頼みごと
まず船とは反対方向に飛び、速度をつけると、ナナは折り返して敵船に向かって矢のように突っ込んだ。ナナの全速力を体感したのは初めてだ。コーデリアのそれとは比べ物にならない。目を開けているのがやっとである。
「ユールさん、船の上で一瞬速度ゼロにしますから、そのときに」
「了解した」
そんなことを言っている間にもう船の真上である。ナナは上から雷のように船に突っ込む。その瞬間、水平方向の動きがゼロになったところでユールは船に向かって飛び降りる。メインマストの帆に突っ込む形になったが無事降りられた。ナナはそこから体を上向け、旋回を開始する。
ユールは飛び起きて甲板を駆ける。一番近くにいた海賊には物音で気づかれてしまったようだったが、「うわああ」とおろおろしているだけで特に武器を構える様子もなかった。
そのような者にいきなり一太刀浴びせるのは気が引けた。ユールは、切っ先を男のあごに当て、小声で言った。
「大人しくしろ。今この船には何人いる?」
「ろ、六人です」
「この島に寄った理由はなんだ?」
鋭い目つきでユールは男を見据えた。少しためらった後、男は恐怖に負けたようにそっと口を開く。
「……に、逃げてきたんです」
「誰から?」
「……全てから」
ユールは威圧をこめて体を寄せた。男はもう泣く寸前になる。
「全てとはなんだ、鳥竜騎士団からか?」
「な、なぜそれを……」
「お前たち海賊だろう? 昨日私によく似たガルダ乗りと交戦したはずだ」
「なっ! ……アンタよく見たら昨日の!」
昨日交戦したのは夜だったから、顔はよく見えていなかったのだろう。でも言われて思い出したらしい。若い女のガルダ乗りは珍しいから、印象に残っていても不思議は無い。
「思い出したか? で、どうする。復讐でもしてみるか?」
「滅相も無いっ!」
男は迷いなく言った。仲間を殺した者を相手に、根性なしめ。
ユールはそう思ったが、どうやらそういう事情ではないらしい。
「俺たちはアンタに感謝してるんだ。アンタは俺たちをレオングたちから解放してくれた!」
「レオング?」
「この船をまとめていた海賊だ。大きな剣を片手で振り回す化け物みたいなガルダ乗りだよ」
昨夜ユールが苦戦した男だ。そしてコーデリアに銃弾を浴びせた男。通称あごひげ。
「さっきアンタ、俺たちのことを海賊だって言ったな? ……それは違う。本当の海賊はレオングやマルスを初めとしたガルダ乗りたちだけだ。それ以外の船乗りはクーベルグの一般市民。無理やり徴兵されてあの船に乗せられてただけなんだよ!」
バカな……、そう思うが、目の前の男が嘘をついているとは思えない。
あの中に、クーベルグの市民が? 無理やり戦場に放り込まれただけの――。
「って、ちょっと待て。今回の一件にはクーベルグも絡んでるのか?」
「今回の一件?」
「……いや、いい」
詳しくは知らないらしい。こちらからいたずらに情報をもらすこともないだろう。
重要なのは、ウォルガナと一触即発な関係にあるクーベルグが件の海賊たちと組んでいたという事実。すぐにでもキースに伝えなくてはならない。彼もすでにその情報は掴んでいるのかもしれないが、それはあくまで可能性だ。
「結局のところ、お前たち自身には私たちを攻撃する意思はないということだな?」
「ああ、そうだ!」
男は力強く答える。ユールは続けた。
「むしろ感謝していると?」
「ああ!」
「私のためなら死んでも惜しくないと?」
「もちろんだ! …………え?」
ユールは反論のスキを与えず、男の肩をガシっと掴む。
「では、折り入って頼みがあるのだが」
そのときだった。
ユールの背後に一匹の真紅のガルダが降り立つ。そのガルダはロープで縛られた三人の男
を背に乗せていた。そして隣に立つ金髪の少年が、残り二人に銃口と切っ先を向けている。
特に申し合わせていたわけではなかったが、ガノンは非常にいい仕事をした。
「聞いてくれるよな?」
「もちろんですっ!」
男はついに泣いた。




