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空戦活劇 スカイスライサーズ  作者: 楽土 毅
第3章 赤き夜
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第45話 素顔

「そんなことが……」


 ガノンの話を一通り聞き、ユールはそう相槌を打つ。

 この若さであれだけの強さを持つガノンとジャスミンにはそれ相応の劇的な何かがあろうことは想像できたが、それでも衝撃的だった。それだけの経験をしていれば、戦場で平気にしているのも納得である。彼らの芯の強さは、極寒の環境下が知らず知らずに鍛え上げていたのだろう。


「夜になると、あのときのことを思い出して未だにうなされるときもあるけど、ジャスミン姉さんが隣で寝てると大丈夫なんです。それに姉さんは、僕と一緒に寝るのは僕のためにって言ってましたけど、それは姉さんも一緒なんですよ。寝るときに隣に僕がいないと、姉さんもよく嫌な夢を見るそうです」

「そういうことか」


 部屋を決める際、ジャスミンが「ガノンと一緒の部屋で」と言っていた意味がよくわかった。ガノンとジャスミンは互いに依存しあっているのだ。最初は変な奴らだと思っていたが、彼らの過去を知ってそのことも理解できる気がした。


 ジャスミンとガノンは、たった二人であの過去を乗り越えてきたのだ。その絆はさぞ深いことだろう。


「なら、早く合流しないといけないな。ジャスミンのためにも」

「はい」

「そうと決まれば、少しでも寝ておけ。私が見張る」

「いや、でも」

「こっちは命を助けてもらったんだ。これくらいさせろ」


 ユールが表情を少し緩めると、ガノンはやがて観念したように頷く。しかし、やがて恥ずかしそうに顔を俯かせた。


「ただ、さっき言った通り、僕ジャスミン姉さんがいないと寝れなくて」

「ああ、そういえばそうだな」

「で、その、お願いなんですけど」


 ガノンはさらに体を縮こまらせつつ、自分の手を頭の上にやって、「僕が寝るまでの間、こう、頭の上に手をおいてて欲しいんです。姉さんがいつもやってくれるみたいに」


「……なるほど」


 反応に困るお願いであったが、彼の過去の聞いた以上、一蹴にもできない。


「すいません、きもいのは自覚してます」

「いや、まあそれくらいなら」


 そう言ってユールはガノンの隣まですり寄り、横になった彼の頭にそっと手をおいた。ふわっとした滑らかな髪艶に少し驚きつつ、できるだけ優しく撫でてやる。


「こ、こんな感じか?」


 どぎまぎしつつユールが尋ねると、返ってきたのは健やかな寝息だった。


「……もう寝たのか」


 拍子抜けしつつガノンの寝顔を覗き込む。いつも気を張っている印象の彼と違い、だらしのない寝顔だった。お願いされたのは、寝るまでの間であったが、ユールはそれ以後もずっとガノンの頭を撫で続けた。

 きっと、ジャスミンもいつもそうしているだろうから。



 それが昨夜のできごと。

 そのようなことを思い返しながら、ユールは高さ十メートルはあろうかという大きな木の枝の上で途方にくれていた。


「くそ、登るときには気づかなかったクモの巣の存在に、降りるときになって気づくとは……うかつだった」


 ミンカンという食用の果物をとろうと木を登った暁の悲劇である。目当ての果物を取り終え、さあ降りようとしたときになって、下の枝に大きなクモの巣が跋扈(ばっこ)していることに遅まきながら気づいたのだ。


 一大事だ。ガノンを寝かせたままの浜辺からは結構奥の方まで来てしまった。助けは期待できないし、第一こんな無様をさらしたくない。三角笛でコーデリアを呼ぶことも考えたが、彼女は今怪我をしている。飛ぶのはまだ無理だろう。


 今思いつくこの状況を抜け出す一番の方法はここからこのまま飛び降りてしまうことだが、着地が難しそうだ。死にはしないだろうが、悪い足場に当たれば足首を痛めるかもしれない。


 ――いや、それで済めば運のいいほうだな。


 ユールは覚悟を決める。同時にもう一生木には登らないと誓いを立てる。

 そのときだった。


「――――さん、ユ…………さん、」


 誰かの声がする。息を潜めて耳を澄ますと、「ユールさーん!」


 それはガノンの声だった。どうやら自分を捜しているらしい。しかも音源があっちこっちへものすごい速さで移動していることを鑑みるに、ナナかスイミーのどちらかに乗って捜してくれているようだ。


 これはまずい。早く降りないとこの無様な姿を見られてしまう。今すぐ飛び降りようと決意したとき。


 もぞもぞ、


 木の幹を掴んでいる右手に嫌な感触がした。うかつだったのはその正体を目で確認してしまったことだ。ユールの手の甲を、無数の足を持つ節足動物がよじ登っているところだった。


「ひやあああっ!」と、今までに出したことの無い甲高い悲鳴を上げてしまうのと同時、ユールはバランスを崩して背中から落下を始めた。


「しまっ!」


 落ちながら、木と木を伝うツルを懸命に掴もうとするが、いずれも失敗に終わった。もうダメかも、と他人事のように思ったそのとき、視界の隅を見覚えのある紅が()ぎった。


 ナナに乗ったガノンにぎりぎりキャッチしてもらったのだと理解するのに数秒かかった。視界の隅をぐんぐん木々が通り過ぎていく。


 ユールはガノンに向かい合わせの形で受け止めてもらっていた。まるで赤子と母親だ。ユールの顔の真横に、反対側を向いたガノンの顔がある。


「たびたびすまんな」

「よく冷静に言えますね」


 そのままの体勢で言うと、ガノンからそんな返事が返ってきた。

 が、決して冷静ではない。ただ恥ずかしさを押し殺しているだけだ。


 しかし、顔を赤くしているのはユールではなくガノンのほうであった。


「あの、すいません。ちょっと体離してもらえますか。その……当たってます」


 照れくさそうにガノンが言うのを聞き、ユールは体を起こす。


「ああ、すまない。この果実のことか」

「か、果実って……」


 ガノンは体を離したユールの胸元にチラッと視線をやっている。そこには二つの膨らみがある。ユールはその視線に気づき、気を利かせてこう言った。


「ちょうど食べごろだぞ。食ってみるか?」

「いや、あの、何言ってるんですか?」

「きっと美味しいはずだ。今取り出すからちょっと待て」

「はぁ⁉ ちょ、そんなのダメに決まって!」


 慌てて目をそらすガノンの目の前に、ユールは胸元に入れて置いた丸いオレンジ色の果実を差し出した。さきほど登った木で採取したものだ。


「袋の類が無くてな。しまうのは二つが限界だった」


 その説明を聞いているのかいないのか。ガノンはポカンとした表情でミンカンの実を眺めている。


「ミンカンだぞ。すっぱいのは苦手か?」

「いえ、大好きです。後でいただきます」

「そうか。では今はしまっておこう」


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