第4話 若き騎士団長
ユール・サーナイトの表向きの仕事はある人物の護衛であったが、実質世話係も同然だった。そうなってしまうのも無理はない。食べ物を食べれば何かしら零すし、一人で服を着させれば表裏が逆だ。
しかしこの仕事はユールにとっての生きがいと言えた。その理由は、目の前にいる護衛対象にある。
熟練のガルダ乗りにして、とある騎士団の団長であるキース・カルシュタインは未だ齢十六に過ぎぬ少年だ。透き通るような銀色の髪に、中世的な顔立ち。笑ったときにできるえくぼもまた可愛らしい。
その少年――キースは今まさに食事中である。ユールは彼の目の前の取り皿に、こんがりと焼いた魚のほぐした身を取り分けてやった。こうしてユールがほぐしてあげないと、キースは魚を食べようとしない。どうも骨がある物が苦手らしい。
「そういえば聞いたかいユール。『スライサーズ』の話。また別の海賊船を壊滅させたそうだよ」
キースは楽しそうにそんな話を切り出した。
ユールは少し伸びた黒髪を耳の後ろに流し、懐から取り出したハンカチをキースの前に掲げる。
「キース様、お口にソースがついております」
「あ、ほんと? いつもごめんね」
キースは照れ笑いを浮かべつつ、何気ない仕草で顔を寄せてくる。ユールはほんの一瞬だけ頬を朱に染めて、丁寧な仕草でソースを拭い取った。
「はい、取れましたよ」
「ありがと」
キースは朗らかに笑う。ユールは胸が締め付けられる思いだった。もうこのままキースを抱きしめてしまいたい。
ユールの年齢はキースの一つ上だ。
とはいってもこの騎士団の中で言えば同い年も同然である。一つ違いの年の差なんてあってないようなもの。ユールも年頃の女の子だ。ほとんど一日中そばにいながら、何もできないというのは精神力を削る苦行と言えた。
だがもちろん護衛を降りるつもりなど毛頭無い。こんなおいしい役職、死んでも譲ってやるもんか。
「例の二人組みのことでしたら、存じております。それがなにか?」
何気ない風を装ってユールは質問に質問で返した。
「いあにゃからさ、おのうたりにもうにのいになんに(いやだからさ、そのふたりにもうちの騎士団に)」
「申し訳ありませんキース様、今、なんと?」
ユールが申し訳なさそうに言うと、キースはごくりと飲み込んでから言い直した。
「だからさ、その二人もこの騎士団に引き入れようと思うんだよ。海賊をやっつけながらも、無闇に命をとったりしないところから見て良心はあるみたいだし、何よりその強さ。その二人がうちに入ってくれたらこの騎士団はますます強くなるよ」
「必要ありません。すでにこの騎士団は最強です」
ユールは毅然とした態度で告げた。
団長に向かって真っ向から意見するなど本来ならば粛清ものだが、キースは困ったように顔をしかめただけだった。
「そりゃそうだけど、強い仲間ができるにこしたことないでしょ?」
「必要ありません。そもそもその二人の素性もわかってらっしゃらないのでしょう?」
「ふふーん、それがわかってるんだなぁ」
キースは得意げな表情で懐から一枚の紙を取り出した。彼はそれを読み上げていく。
「ジャスミン・アルフレッド、十五歳の女の子。燃えるような赤髪と、小悪魔的な笑顔が特徴。白銀色の羽を持つガルダに乗っている。
もう一人が、ガノン・ウォーレン。十四歳の少年。金髪で、すっごく可愛い顔してるんだけど、怒るとめっさ怖い。どうも相棒のジャスミンちゃんを敬愛してるらしく、彼女が逆鱗みたいだね。紅の羽を持つガルダに乗っている――だってさ」
「はぁ」
ユールは生返事だけを返す。正直そんなのどうでもいい。しかしキースにはその反応が面白くなかったらしい。
「リアクション薄いなぁ。ガルダ乗りで僕たちくらいの年の子たちって少ないでしょ。仲間にできたら、良い友達になれるかもよ」
「そんなもの必要ありません。私はキース様さえいてくださればそれで」
勇気を出してそう言ってみるも、キースの反応はつれないものだった。
「えー、僕は友達ほしいよ。ユールあんまりお喋りしてくれないし、チェスも弱すぎて相手になんないし」
「うっ……そ、それは」
痛いところを突かれた。ユールにもその辺の自覚はあった。
小さい頃から騎士団の一員となるべく厳しく育てられたユールは、そう言った娯楽にとんと心得がなかった。お喋りも得意ではない。
しかしキースの護衛をやる上でそんなものは必要ないからと自分に言い聞かせ、気にしないことにしていた。
ところがキースはそこに不満を抱いていたのだ。
これは大変である。今すぐにでもチェスを覚えなくてはならない。