第37話 三等分のビスケット
山の麓にある、とある廃墟がガノンたちウォルターのアジトだった。
大した場所ではないが街からは少し離れているし、近くにはきれいな川があるのでガノンは個人的にはいい場所だと思っている。少なくとも街中にいるよりはずっと落ち着く。
アジトの入り口で、ガノンとジャスミンは降り立った。すると見張りで立っていた少年に「合言葉を言え、山」と聞かれた。
対してガノンの前を行くジャスミンは「んば」と適当に答えるだけで、素通りしていく。「ちげぇよ、お前いい加減覚えろ! 川だよ川!」と大声で見張りの少年が叫んでいるのを無視して、そのままアジトの中へと入っていった。
この合言葉なんの意味もないな、と思いつつガノンもついていくと、中から不穏な空気を感じた。
中には十数人の団員がいた。一番に目についたのは真ん中の辺りで腕組みをしている十五歳の少年である。
ウォルターのリーダー、クイナ・バルテッサだ。この組織を作った男であり、またジャスミンやガノンほどではないにしろ、ガルダに乗ることもできる。
彼の後ろにいるこげ茶色のガルダが彼のパートナーである。
名はスイミー。スイミーはクイナにとても懐いているが、惜しむらくはクイナが超がつくほどの高所恐怖症であったことだ。クイナがスイミーに乗るときは常に超低空飛行である。
普段は朗らかな性格のクイナだが、今は険しい表情をしていた。
そのクイナの視線の先には、二人の少女がいた。十歳前後と六歳前後と思しき二人の少女。ともにガノンの知らない顔だった。
クイナと二人の少女が向かい合っているのを、他の団員たちが遠巻きに見守っている形である。
「なんだ、どうかしたのか」
不穏な気配を感じてか、ジャスミンがクイナに向かって問うた。
「俺たちの仲間になりたいんだとよ」
クイナが頭を掻きつつ答える。その表情は言外に「この二人を入れたくない」と言っていた。
それを知ってか知らずか、ジャスミンは不思議そうな顔をして、
「なんだよ、入れてやりゃいいじゃん」
「お前なぁ……」
クイナは今度は呆れたような表情になって続けた。
「そんな軽く決めていいことじゃないだろ。無駄に食いぶち増やして困るのは皆なんだ。大人数になればなるほど大人たちに目をつけられやすくもなる。それに」
クイナは横目で二人の少女を見た。怯えたような表情を浮かべて互いに抱き合っている二人を。
その目はけして冷徹ではなく、可能なら助けてやりたい、とも語っていたのをガノンは感じた。
「女は扱いづらいんだよ。足遅いし、すぐ泣くし、危なっかしくて何も任せられない」
「私も女だぞ。でも足速いし泣かないし、役に立ってる」
「お前は別もんだよ」
ジャスミン自身を引き合いに出されてクイナも困っていた。彼女以上に役に立っている男なんてクイナくらいのものだ。女だから、という言い訳はジャスミンには通用しない。
「じゃ、食いぶちが減らなきゃいいんだな」
そう言ってジャスミンは二人の少女の前に立ち、ポケットから取り出したビスケットを一つずつ差し出した。
「今日から私の分の食料をこの三人で分けるよ。これで文句ないだろ」
ガノンもクイナも、それ以外の団員もぽかんとした顔でその光景を見ていた。二人の少女までもが呆気にとられている。
ジャスミンは二人の少女の目の前に立ち、
「私はジャスミン、名前は?」
問うと、大きなほうの少女が答える。
「私はサーヤ。こっちは妹のミミ」
「そうか、よろしくな」
「あの!」
サーヤは感極まった表情で差し出されたビスケットごと、ジャスミンの両手を握った。途端に涙がぼろぼろとあふれ始める。
「本当に、ありがとう! 私もうどうしたらいいか、ぜんぜんわからなくて。私一人じゃ、ミミを守ってあげられなくて……」
「いいよ、気にすんな」
ジャスミンは再び、ニッと笑った。
その笑顔は、この世の何よりも美しいものだとガノンには思えた。
そして思い出す。ガノンも一人ぼっちだったとき、この笑顔に助けてもらったのだ。
その笑顔を見てしまっては、誰も何も言えなくなる。クイナの指摘通り、ウォルターはけして余裕がある状況ではないし、サーヤとミミを向かえ入れるのはきっと組織としてはマイナスだろう。
だが、ジャスミンがそこまで言うのなら、仕方ないか、という雰囲気にウォルター全体が変わってしまったのだった。




