第36話 悪ガキ集団
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もし人間一人一人に生まれてくる理由があるとするのなら、自分が生まれてきた意味とは一体何なのだろう。当時十歳だったガノン・ウォーレンは、ふとそんなことを考えていたのだった。
ガノンが暮らしているのは、ウォルガナの都心ヘルメディスタの郊外にあるモルドーという貧民街である。都心との華やかさとはかけ離れた、飢えと暴力が充満している街だ。
もちろん、こういう街ができてしまったのにはちゃんとした経緯があった。
王国はヘルメディスタの都市化整備に際して各地から大量の労働力を集めたが、いざ都市化を果たすと王国はその労働者を即座に切り捨てた。そうした労働者たちが行き場をなくして、寄り集まってできたのがそのモルドーという貧民街なのである。
そのモルドーには親を持たない子供たちも多かった。本当はいたのに、ここに捨てられた子供たちもいた。ガノンもその一人だ。捨てられたのが物心つく前だから親に関することは何一つ覚えていない。
何なら自分に関することもだ。わかるのは自分の名前と誕生日だけである。ガノンが捨てられた際に身に着けていたらしいロケットに、一つの名前と、ある日付が記されていた。
ガノンはそれを自分の名前と誕生日ということにした。それが自分が自分であることを証明する唯一のものだったからだ。
しかし最近は、そんなものに縋りつくのもむなしいだけだなと思い始めている。
きっとこれから何をするでもなく、一生こうやって明日の食べ物の心配をしながら生きていかなくてはならないのだろう。
では、こんな人生に一体何の意味があったのか。十歳でこんなことを考えるのは、他に何もやることがなくて徒に過ぎていく時間を持て余した結果であろうか。
「おいガノン、何ぼーっとしてんだ」
物思いにふけていたガノンの意識を現実に戻したのは赤髪の少女だった。
ジャスミン・アルフレッド。このモルドーでは有名は悪ガキ集団「ウォルター」の副リーダーである。
当然ながらモルドーという街は、子供たちにとっては生きづらい街だった。そんななかで、一部の子供たちは一つの組織を作り上げ、協力して食べ物や衣服、医療品を手に入れていた。それが「ウォルター」である。
こう書くとすごいことをしているようだがまったくそんなことはなく、実際にやっていることは強奪と、子供という立場を利用した心優しい人たちに対する詐欺まがいの行為だ。
ジャスミンはウォルターの副リーダーとして、ガノンは一団員として、少しずつ生き抜く術を身に着けていた。二十二人からなる組織で、当時からガルダを乗りこなしていた二人は大変重宝された。
ただガノンはケンカがからっきしダメで、臆病で、大人を前にするとちぢこまってばかりいたので、仲間たちからはよくからかわれていた。
対してジャスミンはガルダを乗りこなし、かつケンカも強くて、口が悪い一方で情には厚く、またとても可愛かった。貧相な服装で、食事が十分でないため頬もこけていたが、それでも可愛かった。
ウォルターの中では男女問わず憧れの対象であり、ガノンも当時からジャスミンが大好きだった。親に捨てられて途方にくれていたときに、この組織にガノンを招いてくれたのもジャスミンだったのだ。
「ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
ジャスミンは困ったように笑いながら、「戻るぞ」と一言言った。ジャスミンは当時からの相棒だったラッキーに、ガノンはナナの背に乗り、大空へ飛び立った。




