第33話 流れ着きし場所
打ち寄せる波が砂を浚っていくさまを見ていると心が安らいでいく。そんな場合ではないのは百も承知だが、何も行動を起こせる状態ではないのもまた事実だった。
ユールとガノン、そしてコーデリア、ナナ、スイミーの二人と三匹は、名も無き小さな無人島にいた。
ガノンがあごひげのガルダを切り捨てた後、ユールたちはコーデリアを処置できる場所を賢明に捜した。その結果たどり着いたのが、この無人島だったというわけだ。
地図にも載っていない。こんな場所にまさか島があるとは思いもしなかったので、ユールは生まれて初めて神を信じていいかもしれないと思えた。この島がここになければ、コーデリアに適切な処置ができず、命を救うことは叶わなかったかもしれない。
決死の戦闘から一夜明け、今は昼過ぎ。ユールは砂浜でただただ海を眺めている。
キースたちは無事だろうか。この島に着いてから、ユールはそればかり考えていた。キースが敗れる様など想像もできないが、状況的には圧倒的に不利だった。
本当ならユールも船に残るべきだったのかもしれないと、今更ながら思う。結果的にあの選択が正しかったのかどうかが今のユールには判断できない。
ユールは隣を見つめる。そこには応急処置を施されたコーデリアが体を丸めて寝息を立てていた。彼女が無事だったのが救いだ。ガノンの適切な処置により、怪我も回復しつつある。
だが、空を飛べるようになるにはもう少し時間がかかりそうだ。もちろん怪我をしたのはコーデリアだけでなく、ユールやガノン、ナナたちも打撲や裂傷で体はボロボロである。それほどに各々が壮絶な戦いを繰り広げていた。
そしてガノンはといえば、ボロボロの体にムチ打ってナナ&スイミーもろとも、今もジャスミンの捜索に繰り出していた。彼も体は疲れきっているはずなのに、どこにそんな元気が残っているのか。
――いや、それだけジャスミンが大切だというわけか。
可能ならばユールも手伝ってあげたいと思うが、コーデリアは今空を飛ぶことができない。今ユールにできるのは少しでも体力を回復しておくことと、
「食料でも確保しておくか」
ユールもガノンも、昨日から何も食べていない。この島から出られるのがいつになるかわからない以上、食料確保は最優先事項だろう。
ユールは立ち上がり、森のほうへ進んでいく。しかし鬱蒼と茂るジャングルを前にユールは三歩目で立ち止まってしまった。
よくよく見てみるとクモの巣があちこちに張っており、数え切れないほどの足をもぞもぞと動かしている節足動物も見受けられる。ユールは顔を青くし、自分で自分の体を抱いた。
――やはり足が六本以上あるのはダメだ。怖すぎる。
ユールは回れ右をして海のほうへ向かう。魚ならユールも平気だ。何なら魚料理は得意だと言ってもいい。焼き魚限定だが。
ただ問題は、ユール自身これまでに一度も魚を捕まえたことがないことだった。キースに誘われて釣りをしようとしたことはある。しかしその際、釣りのエサとして使うギガゴカイという虫にトラウマを覚えて、以後一度として釣りをする気にならなかった。
はて、これはどうしたものか。ギガゴカイは砂浜にあるその辺の石をひっくり返せばすぐに見つけられるだろうが、その勇気がユールにはない。ましてあのもじゃもじゃを素手でつかんで針に通すなど、考えるだけで気を失いそうだ。
そんな風に困り果て、再び海を眺めるだけという無為な時間を過ごしていると、やがて海の向こうから何かが近づいてくるのが見えた。
「ん?」
ユールは目を凝らす。二匹のガルダがこちらに向かって飛んできている。ナナとスイミーだろう。しかしナナの背に乗るガノンは、ナナの体に突っ伏していた。様子がおかしい。
やがてナナとスイミーはユールのいる砂浜の上に降り立った。慌てて走り寄ってみると、ガノンはナナの背中の上で寝息を立てていた。疲れ果てて寝てしまったようだ。
「お疲れ様」
ユールはガノンの安全ベルトを外し、ナナの背中から下ろしてやり、自ら背負った。
ガノンの体は男とは思えないほどに軽かった。やはりまだ十四歳の体だ。その体を木陰まで運び、寝かせてやった。緩やかな風にそよそよと流れる金色の髪。穏やかなその寝顔は年相応のかわいらしいものだった。
「心配しなくても、ジャスミンはきっと無事だ。キース様が助けてくださっているさ」
ふと、ユールは自分が慈しむような眼差しでガノンを見つめ、彼の頭を撫でていることに気づき、顔を赤くした。これまでの自分であればありえない行動だ。
「さ、さて、食料でも取ってくるか」
ユールは自分で自分をごまかすように独り言を言って彼の元から離れた。




