第30話 死闘
ユールの担当する「真ん中の船」には二騎の魔物がいた。
一騎目はかろうじて倒したが、それで激昂したらしい二騎目に手を焼いていた。
命が惜しくないのかと思うほどの大胆な戦い方でユールを攻め立ててくる。コーデリアの高い身かわし能力で何とかそれらをいなしているが、それも時間の問題かもしれない。
――やはり、近接武器のみというのは限界があるか。
ユールは銃の類を使わない。刀と、投げナイフや煙玉などのちょっとした小道具のみである。ガルダ乗りとしては珍しいタイプだ。それが二騎目の敵――あごにたくましいあごひげをたくわえているので「あごひげ」と呼ぶことにしよう――には相性が悪かった。
あごひげは丸太のように太い大剣を使っていた。当然ながらユールの使っている刀に比べれば遥かに重量があるし、そんなものを小枝のように軽々と振り回すものだから質が悪い。
加えて相手は銃も使えるらしい。右手で大剣を振るいながら、左手で銃を撃ってくる。狙いは甘いが、近距離ではさすがに外さないだろう。
加えて、今はかなり興奮している。
「よくも、よくもマルスをやってくれたな。楽に死ねると思うなよっ!」
マルスとは一騎目のガルダ乗りのことだろう。彼も強かったが、あごひげの方がさらに厄介だ。
何か手を打たなくては、このままでは決着がつかない。ユールは頭上の雲を見やり、
「コーデリア、あの雲を使おう」
「クゥ」
コーデリアは答え、垂直に空を駆け上がり始めた。それを逃走と判断したのか、あごひげも追いかけてくる。真上には月を隠すほどの大きな雲が広がっている。その中に逃げ込む気だと勘違いしたのだろう。狙い通りである。
もちろん実際は逃走目的ではない。雲の中へ突っ込み、まだ駆け上がり続ける。空気が薄く、呼吸もしづらい上に寒いが、それでもスピードは緩めなかった。
ようやく雲を突き抜けて視界が開けてから二秒数え、ユールは指示を出す。
「今だ」
コーデリアは宙返りをうつとそこから真っ逆さまに急降下を開始した。上昇して手に入れた莫大な位置エネルギーを利用してコーデリアはどんどん速度をあげていく。そのタイミングでようやく雲から顔を出したあごひげの表情が瞬く間に驚愕に染められる。
「はぁああ!」
「ぐっ」
ユールの刀はあごひげの肩を捉えたが、その瞬間に右手で刀身を捕まれてしまった。傷は浅い。まだ足りない。
「らああ!」
ユールは雄たけびを上げて刀を手のうちで回転させ、男の手から引き剥がす。直ちに二撃目が男の側頭部を狙う。
「重量じゃ叶わないから急降下で賄おうとしたんだろうが、まだ足りなかったな!」
二撃目は敵の大剣とまともにかち合い、大きく弾かれた。やはりまともな鍔迫り合いでは圧倒的に不利だ。それを自ら感じたのかコーデリアは体をひねり、巧妙にあごひげの背後をとった。ユールはその背中に向けて全力で刃を振るうが皮膚を掠めるに終わる。一度距離をとって、再び雲の中へ。ユールはしっかりと柄を握り直す。
目をこらすと雲の向こうの月に照らし出されてあごひげの姿が見えた。これ以上時間はかけたくない。ユールは三秒数えて息を止め、その影に突進をしかける。
――今度こそ……っ!
ユールの突き出した切っ先があごひげの腹部を貫いた。
ユールは確信する。致命傷だ。これまでにいくつもの命を摘み取ってきたが、いずれもその最後の一撃には特別な手ごたえがあった。けして気持ちのいいものではないその手ごたえが、今の一撃にはあった。
しかし、
「マルスはな」
どんなに力を振り絞っても、ねじっても揺さぶっても、その刀を男の体から抜くことができなかった。あごひげはユールの刀身を素手でがっちりと握り締め、ゆっくりと語り始める。
「マルスは俺の息子みてぇな存在だったんだ。海賊なんてものをやってる時点でお前らから見ればクズなのかもしれねぇがな、俺にとっちゃ大切な仲間だった」
あごひげの肩が震えている。俯いているので顔はよく見えないが、泣いているのかもしれない。
「お前は危険だ。ここで殺しておかないと、さらに多くの俺の仲間が殺されることになる」
ユールの全身が総毛立った。
あごひげの持つ銃の先がコーデリアの頭部を照準したのだ。血が逆流するような感覚を覚える。
「止めろっ!」
あごひげは顔を上げる。その表情は悲痛に満ちていた。
「お前も、俺と同じ思いを味わえ」
男が銃を撃ったのと、ユールが渾身で男の右手を斬り飛ばしたのは同時だった。続いてユールは怒りに頭を沸騰させつつ逆袈裟斬りであごひげの上半身を飛ばす。その直後にコーデリアがぐらつくのを感じた。
「コーちゃん! コーちゃん! 大丈夫か、しっかりしろ!」
思わず昔の呼び名が出てしまう。コーデリアが銃弾を受けたのは羽の付け根だった。間一髪頭部を撃たれるのは避けられたが、回避には至らなかった。
「まずい……」




