第27話 もう二度と
アムール号への襲撃が始まる少し前、ドリアーナの作った夕食を食べ終え、ジャスミンとガノンはユールに譲ってもらった部屋でのんびりしていた。
一つしかないベッドでジャスミンは横になり、一つしかない椅子にガノンは座っている。ほぼ一日中飛んでいたジャスミンはへとへとで、もう寝ようかなと思っていたときだった。
「ジャスミン姉さん、ちょっと聞いてもいいですか」
ガノンが口を開く。ジャスミンは軽く目をつぶって、「んー?」と生返事する。
「ジャスミン姉さんは、なんでこの騎士団に入ろうと思ったんですか」
ガノンの質問にジャスミンは顔だけ彼のほうに向けて、
「ん? お前はいやだったの?」
「いえ、別に悪いことはないと思うんですけど。ただ意外だったんです。失礼ですけど、ジャスミン姉さんが素直に誰かの傘下に入るとは思わなかったんで」
確かに性格からしてジャスミンは誰かの下に仕えるというのは向いていないかもしれない。その自覚もある。しかしこの選択に関しては迷うべくもなかった。
「騎士団とか、ウォルガナとかは正直興味ない。どうなろうが私の知ったことじゃねぇ」
面倒くさそうにそう告げ、「まあドリーは命がけで守るけどな、嫁だし」などと冗談を挟んだ。
そうでもしないと、あまりにも照れくさくて、小恥ずかしくて、その続きを言えそうになかったからだ。
「ただ、お前いつも退屈そうじゃん。話相手も私だけだし。こういう生き方をしている以上仕方のねぇことだけど、私ら同年代で付き合いある奴って誰もいねぇだろ」
そのあとジャスミンは窓のほうに目を向け、「モルドーに居た頃はたくさんいたけど、もう会うこともねぇだろうしな」と小さな声で言った。
モルドーとは、ジャスミンたちが海に出るまでの幼少期にいた町だ。あそこには辛い思い出が多すぎて、あまり思い出したくはない。ガノンも同じだろう。
「僕に、キースさんやユールさんと仲良くなってほしい、ってことですか?」
さすがジャスミンの考えることはガノンには筒抜けだ。ジャスミンはやはり照れくさくて窓のほうに向く。
「別にあいつら限定ではないけど、ただまあちょうどいいと思ったんだよ。私らの腕も生かせるし、食事にも困らねぇし、そろそろ新しい刺激も欲しかったしな。それだけだよ、それだけ」
この話はこれでおしまい、とばかりにジャスミンは目をつぶる。しかしガノンの視線を痛いほどに感じ、根負けして目を開けた。なぜかガノンの目が潤み始めていた。
「なんで泣きかけてんだよ」
「いや、姉さんがそこまで考えてくれてたのが嬉しくて」
ガノンは口を引き結んで泣くのをこらえている。「わかりました。できるだけ皆さんと仲良くなれるように努力します」
「ああ、まあ好きにしろよ。私はもう寝るからな」
「ただ」
ジャスミンは寝返りを打ってガノンに背を向けようとしていた、その動きを止めた。
「僕、少しだけ怖いです。もしかしたら、また失ってしまうんじゃないかって」
その気持ちは、ジャスミンにも痛いほどにわかる。
「モルドーでのことは忘れろ。あのときとは状況が違う。あのときの私らは弱かったんだ。でも今は違うだろ」
ジャスミンは自分に言い聞かせるように強く言った。
「心配すんな。お前の大事なもんは私が守ってやる。お前は自分の人見知りの心配でもしてろ」
「姉さん」
「おやすみ」
投げやりにそう言うと、慈しむような声色で、ガノンからおやすみなさいと返ってきた。
外の騒がしい気配を感じたのは、それから約一時間後のことである。




