第22話 恋の刺客
その頃団長室にいたユールは、目の前の光景にやきもきせずに居られなかった。
「キース団長、味はどう?」
エプロンを着用した新しき料理長、ドリアーナが笑顔を向けてキースに問うている。それに対してキースは、テーブルに並ぶ食べ物を本当に美味しそうに口へ運んでいた。
「おいしいよ、ほんとに。こんなおいしいもの食べたことないってくらい」
キースの眩しいまでの笑顔。それが今日会ったばかりのドリアーナに向けられている。ユールはその光景を直視するほどに胸が苦しくなった。
「へっへー、そうでしょ! やっぱり女は手料理の百個や二百個できなきゃね~」
そう言いつつ、ドリアーナは横目でユールのことを窺ってきた。その笑顔はしてやったりといった風だ。明らかな挑発である。
キースの手前、すぐさま抜刀してドリアーナの髪を切り裂きたくなる衝動を押さえつつ、慣れない反論をした。
「古い考えかただな。今や食卓には男もたつ時代だ。性別に囚われず、おのおの、力が発揮できるところで発揮すればいい」
ユールの言葉に対し、ドリアーナは猫なで声で、
「それでも料理できるにこしたことないと思うけどな~。ちなみにユールちゃんはお料理はどうなのかなあん?」
「三枚降ろしは得意だ。皮を剥ぐのも、あと血抜き」
「やあーん、物騒なものばかり~、ユールちゃん怖いぃ~」
と、ドリアーナは怯えるふりで、すかさずキースの肩にボディタッチしようとする。
ユールの抜刀術が炸裂する。
しかしドリアーナは持っていた取り分け用のフォークでこれを受け止めた。伊達に日々荒くれ者を相手にしていない。
そのような物騒な光景に、こちらに背を向けているキースが気づく様子はない。
「この船にいる間は背中に気をつけろ」
「ユールちゃんも、キース団長から目を離さないように気をつけな。隙があれば……食べちゃうぞ?」
「……貴様っ!」
当人の与り知らぬところで女の戦いが繰り広げられている最中、突然、団長室の扉が勢いよく開けられた。
「なんだ団長室ってここか。最初に私たちが連れてこられた場所じゃん」
入ってきたのはジャスミンとガノンだ。その後ろで泣き顔を浮かべているルサの姿もある。彼の顔には赤々とした平手打ちの痕があったが、それに関しては微塵も興味が湧かなかった。
それよりも、キースに対するこの無礼。
ユールは肩を怒らせてジャスミンの目の前に立つ。
「おい、入る前にノックはどうした」
その言葉を受けたジャスミンは一瞬ぽかんとしたが、やがて得心がいったのか表情を改め、
「失礼いたしますでござりまするでそうろう」
「そっちのノックではない! コンコンコンのほうだ!」
「コンコンコンってなんだよ」
「入る前に扉をコンコンコンって叩くのが礼儀だろう。そんなことも知らないのか」
怒りを忘れてユールは呆れてしまう。しかしジャスミンが気にする様子はなかった。
「知らんし、別に知りたいとも思わねぇ。それより私が知りたいのは――って、なんだこれ、すげぇいいにおいがする!」
ユールの説教そっちのけでジャスミンは部屋の奥へとずんずん進み、キースの座るテーブルの前に立った。目をキラキラさせ、口からはよだれを垂らしている。
「そういやもう晩飯の時間だな。いただきまーす」
「ちょい待ち! なに普通に食おうとしてんのよ! それキース団長用に作った分なんだから!」
うすいパイ生地でサラメルの魚肉とモルサの葉を包んだカンジャティーノと呼ばれるドリアーナの得意料理に向かって伸ばしたジャスミンの手が、途中で押さえ込まれた。
無論、押さえたのはドリアーナだ。
「あんたらの分は給仕室にあるから、そっちで食べな」
「一口くらいいいだろ、同じものなんだから」
「あんた一度食い出したら止まんないじゃん。いいから行きな」
その指摘に自覚があるのか、ジャスミンは名残惜しげに引き下がった。




