第2話 金髪の鬼神
まさかサウロたちがこの二人に負けたというのか。
ありえない、そう信じたい。
しかし、そのサウロたちまでをも打ち破った脅威が、すぐ目の前にまで迫っているのだ。
「総員銃を構えろ! やつらを打ち落とせ! 打ち落としたやつには――なんかをやる!」
言われるまでもない。全員がその謎多きガルダ乗りに銃口を向けていた。彼我の距離は二十メートル弱といったところか。
心なしかその瞬間、赤髪の少女の笑みがさっきまでより深くなった気がした。
「抵抗しなきゃ命だけは助けてやるー。あくまで命だけなー。それなりに痛い目は見るから覚悟しろー。お前らがこれまでにいろいろ悪いことしてきたのが悪いんだー」
見た目通りの幼い声で、少女がこちらを見ろ下ろしつつ言った。
するとその隣から、金髪の少年のほうが赤髪の少女に向かって諌めるように囁く。
「姉さん、笑顔。その酷薄な笑顔をどうにかしたほうが……」
「あー? 誰かと話すときはできるだけ笑顔でっていったのはお前だろ?」
「いや、なんていうか、笑顔の種類が違うんですよ。姉さんの笑顔は完全に人をいたぶるのを愉しんでる顔です」
なにやら子供二人がもめているようだった。
銃を構える男たち、延べ四、五十人を目の前にして、だ。
海賊たちのこめかみに青筋が走る。
「てめぇら! 海賊なめてんじゃねぇぞ!」
一発目を放ったのは船長だ。小銃から放たれた銃弾は赤髪の少女の髪を掠める。
すると少女は、「おっと、油断したぜ」と軽い調子でガルダを横転させて船の側面へと移動した。
穏やかじゃなかったのは、以外にも金髪の少年のほうだった。
「……お前」
さっきまでは涼しげな表情で深窓の令嬢を思わせるような佇まいでいた少年が、一転顔を狂気に染めて船長をにらんでいた。
「お前、僕の姉さんに向けて、撃ったな?」
船長は身を縮こまらせる。少年のほうも赤髪少女に負けず劣らずのバイオレンスっぷりである。
――やばい、こいつ本物だ。
船長がようやっとそう理解したときだった。
「殺してやる」
金髪の少年がガルダもろとも急降下してきた。
「うわああ、う、撃てぇ!」
船長の声が完全に裏返る。
金髪の少年に向けて幾十発もの銃弾が飛び掛った。しかし少年は乱数機動でこれをかわし、しかし射殺すほどの眼力で絶え間なく船長をにらみ続けている。
あれは完全に殺ってる目だ。
このご時勢、あれくらいの年齢で手を血に染めているものは少なくない。
しかしあれはヤバイ。完全に人殺しの目だ。
一度殺すと決めた相手は絶対に殺す目だ。
少年は背中に提げていたらしい小銃を手にとり、ガルダに跨って船の上を滑空しつつ、銃口を船長に向けている。あれだけの速度で空を飛んでいればかなりの空気抵抗だろうに、構えた銃は寸分もブレない。
「いってぇっ!」
船長の足に銃弾が突き刺さる。撃ったのは無論、金髪の鬼神だ。
船長が歩けなくなったのを認めると、少年は小銃を背中に引っ掛けなおし、今度は刃を抜いた。刃渡り一メートルはありそうな刀剣だ。それを横に構える。
「ひぃ!」
船長は這いずり、甲板の端、船べりを背にする形で迫り来る少年に対峙した。
鈍く光る刃が、仰角三十度で滑り降りてくる。
船長は死を覚悟し、胸元に手を添えた。
そこには二年前に分かれた妻と娘の写真が入ったロケットがある。走馬灯が駆け巡るなか、その大切だった――いや今も大切な人に船長は別れを告げた。
「ガノン! 待て!」
叫んだのは赤髪の少女だ。ガノンというのが、金髪の少年の名前らしい。
今の彼を止められるとすれば、彼の姉らしきこの少女だけだろう。
しかしその言葉を聞き入れることなく、ガノンは一心に船長めがけて突進してくる。刀を構え甲板すれすれを飛び、船長の目前に迫った瞬間自分もろともガルダをねじのように横回転させて上下逆さになり、そのすれ違い様に刃を引き絞る――。
「そいつを殺したら、今日から一緒に寝てやんねーぞ!」
ガノンの斬撃は船長を捉えることなく、その背中にあった船べりを斬り飛ばすに留まった。間一髪だ。
船長は自分の命がつながっていることを理解するのに数秒、股間の辺りに染みができていることに気づくのに十数秒を要した。




