第17話 ジャスミン班始動
「じゃあ一時間後に出港するんで、準備のほうよろしくお願いします。では解散」
キースのその言葉を皮切りに、団員は散っていく。その最中、一人の青年と、一人の女性が走り寄ってきた。
「ノ、ノノ、ノック・タイトと申しますであります! よろしくお願いするます!」
「ティ、ティータ・セシリアです! よろしくお願いします、カモミールさん!」
二人は見てるこちらが心配になるほどに、ガッチガチに緊張しているようだった。ノックは坊主頭が特徴的な長身痩躯の男で、ティータは身長150センチ程度で青い髪が目に眩しいでこぼこコンビであった。
「何でそんなガチガチなんだ。お前ら少し落ち着け。あと私はジャスミンだ」
ジャスミンが面倒くさそうに言うと、ノックは直立不動に、ティータは壊れたおもちゃのように連続で頭を下げた。
「し、失礼しましたでありまするゆえ!」
「ごめんなさい! わ、私たち度を越えた人見知りで、それにミントさんたちのことは噂で聞いてましたので! 人を人とは思わない無差別破壊のエキスパート。歩く殺戮兵器。もうほんと呼吸するように人のことを攻撃する人だって聞いてたから緊張してしまいまして!」
そんな噂が流れてるのか。それは緊張もするだろう。
しかしそれを本人を前にして言っちゃうのか。このティータという女性、名前を間違えまくっていることといい、無自覚に人の神経を逆撫でしていくタイプかもしれない。ノックに関しては会話にもならない。
よりによってこんな二人を押し付けてくるとは。キースはいったい何を考えているのか。
「まあ、緊張するなっつったって無理だろうから、慣れろとしか言えねぇな。噂ほど狂ちゃいないから安心しろ」
柄にもないジャスミンのその言葉に、多少は緊張が緩和されたらしい二人から安堵の表情が見て取れる。
「あ、ありがとうござりまするでありまするでそうろう!」
「それを聞いて安心しました! ふつつか者ですがよろしくお願いします、ダージリンさん!」
「あのなぁ、さっきも言ったけど私の名前は――」
と、軽く注意しようとしたところで。
殺気を感じた。傍らに立つガノンが、ティータの腰帯に引っ掛けられていた拳銃を抜き取り、その銃口を彼女のおとがいに当てた。そしてガノンは静かに告げる。
「さっきからジャスミン姉さんの御名前をやたらめった間違えていらっしゃいますが、いったいなんの真似ですか。もしわざとなら面白くもなんともないでやめてもらえませんか」
ノックとティータの顔はあっという間に真っ青になった。どちらかと言えばガノンのほうが狂っている気がする。
「ご、ごめんなしゃい……そんなつもりじゃ」
「謝る相手が違いませんか」
「ひいぃ…すいません、ジャスミンさん、いやジャスミン様」
「ああ、大丈夫だから。気にすんな。おい、ガノン放してやれ。悪気はないんだ。私も全然気にしてねぇから」
「姉さんがそういうなら」
ジャスミンの言葉には、ガノンはいつだって忠実だ。あっさりとティータから一歩離れ、拳銃を返した。緊張がピークから解放されたティータはへたっと崩れ落ちる。
「あいさつは済んだみたいだね」
そのタイミングを見計らっていたのか、キースが声をかけにきた。その一歩後ろにはユールも控えている。
「おいおい見てたなら止めろよ。危うくお前の部下がやられるところだったんだぞ」
「二人はもうジャスミンちゃんたちに託したから。甘やかそうが、恐怖政治だろうが、二人を一人前にしてくれるならどちらでもいいよ」
キースはいつだって余裕をもっている。この器のでかさが騎士団の団長を任される所以だろうか。
一方、ジャスミンの隣にいるガノンには一切の余裕がない。ジャスミンに関することに対しては特にだ。
「あの、さっきからジャスミン姉さんのことをちゃん付けしてるみたいですが、どういうつもりなんですか」
「え?」
キースはきょとんとしているが、問い詰めるガノンの表情は真剣そのものだった。
「まだ会って一日ですよね? それなのにちゃん付けって。そういうのってどうなんですか」
「同感です」
続いたのはユールだ。思わぬところからの挟撃に、キースは困惑している。
「そんなに変かな。ジャスミンちゃんは嫌?」
聞きながらナチュラルにちゃん付けしてるところからして、本人的には意識なくやっているようだ。もちろんジャスミンも全く気にしていない。
「いや、好きに呼べばって感じだけど」
「そんな! いいんですか⁉」
「いいよ別に。悪口とかじゃなけりゃ何でも。お前も好きに呼べばいいし」
「じゃ、じゃあ!」
ガノンは勇気を振り絞るようにして真正面からジャスミンを見つめる。
「ジャ、ジャ……無理だ!」
顔を真っ赤にしたガノンは頭を抱え込み、、うずくまってしまった。ジャスミンは呆れてため息をつく。
「ユールもちゃん付けのほうがいいの?」ジャスミンとガノンを横目に、キースがユールに対して問うていた。
それに対してユールは「いえ、私は呼び捨てにされるのが好きなので。キース様限定ですが」と女の顔で答えている。
「あ、あのあの、私らお邪魔みたいなんで失礼しますね!」
居心地悪そうにティータが言う。しかしその言葉は四人に届いていないようだった。