第14話 エース候補
目を覚ました瞬間にまず感じたのは、耐え難いほどの空腹だった。少し前にドリアーナの店で軽く料理を食べたことが仇になっている。なまじっかいいものを食べたため、胃が活性化して次なる栄養分を求めているのだ。これならまったくの飲まず食わずの方がマシだったかもしれない。
「お、目が覚めたかい」
優しげなその声を聞き、ジャスミンは顔を上げる。
その先にいたのは銀髪の少年だった。年は自分より少し上か、そんなに変わらないくらいに思える。大層な意匠の施されたテーブルの向こうの、これまた大層な椅子に彼は腰をおろしていた。
対してジャスミンは、たった今座らされている椅子に縄で縛り付けられていた。手首に、腰、足首。そう簡単に抜け出せる状態ではない。
それを確認して事態を察する。目の前の少年には傷一つなく、自分は拘束されてしまっている、この状況。答えは一つしかない。
「負けちまったのか、私」
正直、勝負の顛末はあまり覚えていない。結果は明らかだが、どのようにして自分がこの少年に負けたのか思い出せない。
悪態つくジャスミンに対し、銀髪の少年は苦笑を浮かべる。
「いや、本来なら君が勝っていただろうね。あんなやり方で後ろ取られるなんて思ってもみなかった」
「あんなやり方?」
「覚えてないのかい?」
少年がくすっと笑う。素のときの彼からは強者としてのオーラを微塵も感じない。「君、お腹すかせてぶっ倒れたんだよ。ずっと、何か食わせろー、ってうなされてた」
「ああ、そう」ジャスミンは恥ずかしさに顔をそらす。「とにかく、何でもいいからなんか食わせてくれ」
「もちろんいいよ。ただし、条件がある」
きた。初対面でいきなり名指しにされ、勝負をふっかけられたのだ。彼は何か目的があって自分に接触してきたに違いない。
そしてジャスミンは負けたのだ。何の代償もないままこの事態が収束するとは思えなかった。
「なんだよ、金なんか持ってねぇぞ。差し出せんのはこの身ひとつだけだぜ?」
ジャスミンは冗談めかしてにやついて見せる。
すると少年は変わらぬ笑顔でさらっとこう答えた。
「うん、じゃあその体、貰おうかな」
あまりにも直截な物言いに、戸惑ったのはジャスミンのほうだった。
「ええ? そ、じょ、冗談だよな?」
「本気だよ」
少年の目は言葉通りのものだった。
予期せぬ事態にジャスミンはどぎまぎするばかりだ。
「いやだって、私こんなちっこいし、そういうのってちょっとよくわかんねぇっていうか」
「大丈夫だよ。わかんないことは何だって聞いてくれていい。君は筋がいいし、本能のままに動けばそれでいいんだ。ゆくゆくはエースにだってなれるかもしれない」
「え、えーすってなんだよ。そういうのにエースとかあんのかよ……」
「もちろんあるさ。君ならきっとそうなれると思って、わざわざこんなところにまでスカウトに来たんだ」
まったく意味がわからない。自分をスカウトにきた? ジャスミンの何をどう解釈してその結論に至ったのか。お世辞にも女性らしい体つきだとは言えない、ともすれば少年と見間違えてしまうような体の自分に何の魅力を感じたのか。もしかしてそういう趣味の持ち主なのかと疑ってしまう。
「いいよね?」
屈託のない笑顔。邪な考えなど微塵も感じさせない。だからこそジャスミンは混乱を加速させる。
「ふ、ふざけんな」
「ダメだよ。僕らにも時間がないんだ」
柔らかな物腰でありながら、その実有無を言わせぬ雰囲気があった。
「んなこと言われたって……」
「だから言っているだろう。我々には時間がないと」
不意に背後から誰かの声がした。ジャスミンは拘束されている不自由な状態から、何とか首だけ回して後ろを振り返った。