第13話 決死の覚悟
「くそ!」
ユールは前に向き直る。不本意だが、これはいったん体勢を立て直す必要がありそうだ。少年だからと言って甘くみてはいけない。冷静に分析して、最善の策を立てそして、
「どこへ行く」
ガノンの紡ぐ言葉がいやに近く聞こえる。絶対的な意思の篭った言葉だった。
「ジャスミン姉さんを狙っている人を、このまま僕が見逃すわけがないだろ」
恐怖を感じた。ユールの中における何かが危険信号を告げていた。
――全力でいこう。
そう心に決める。生半可な覚悟で挑んでは返り討ちにあう。
仮にユールが全力を出したところで、ガノンがあっさり死んでしまうようなことがあれば、それまでの男だったというだけだ。いずれにしても、鳥竜騎士団でやっていけるような器ではなかった。その事実が残るだけ。
「コーデリア、左から行くぞ」
ユールの手のうちで月明かりを弾く鈍色の刀身が閃く。
コーデリアは後方から迫っていたガノン&こげ茶のガルダ――スイミーの傍まで一息で肉薄すると、突然に横回転した。その回転により、ユールが差し出していた切っ先は恐るべき殺戮性を持ってガノンに襲い掛かる。ガノンは咄嗟の判断で刀剣で受け止めようとしたがその威力を殺しきれはせず、スイミーもまたバランスを崩す。
しかしコーデリアは、スイミーがその体勢を立て直す時間も与えずに、すぐさま逆回転した。再び必殺の刃が、今度は下方から突き上げるように襲ってくる。
「ぐ!」
スイミーの腹部を狙ったユールの斬撃は、ガノンの滑り込ませた刀剣で間一髪弾かれた。しかし猛攻はまだ続く。上、下、上、下。コーデリアはダンスでも踊るように体を回転させてユールの繰り出す攻撃に殺傷性を付与する。
ガノンはその攻撃によく食らいついた。逃げようと思えば、いつだって離脱することはできたはずだ。しかし彼はそうしなかった。
たった今身をもって、これまでに遭遇したことのないような圧倒的脅威をユールとコーデリアから感じとっている。このガルダとガルダ乗りを、何があってもジャスミンのもとへ行かせてはならないという想いが、ガノンをこの場に繋ぎとめていた。
「大した粘り強さだな。正直想定外だ」
「ジャスミン姉さんのもとへは、死んでも行かせない」
ガノンの表情には疲弊が見えた。しかし、こちらを見据える透き通るような二つの碧眼には、未だ確固とした闘志が見えた。
恐らく死ぬまで、ユールの前に立ちふさがり続けることだろう。
――強いな。
デュアルライダーだとか、ガルダ乗りとしての資質の話をしているのではない。一人の人間として、彼は強い。そしてまだまだ強くなる。
やはり我が団長の目に狂いはなかった。
「少年よ、チェスは得意か?」
「……はい?」
唐突なユールの質問に、ガノンは毒気を抜かれたような顔をした。
「いや、気にするな。些末事だ。それよりも」
ユールはガノンの向こう側を指差す。
「あそこに立っている赤髪の少女は?」
「姉さん⁉」
驚きの声をあげて向こうを向いてしまうガノンに向け、ユールは麻痺毒つきのナイフを投げつける。狙い通りそれはガノンの腕をかすめ、彼の動きを封じた。
「く、なんて姑息な……」
ガノンはスイミーの背中にぺたりと倒れ込む。今は安全ベルトを取り付けてあるので、仮に気を失ってしまっても落ちることはないだろう。
「悪いな。だが安心しろ。私たちは君の敬愛する姉君の敵ではない」
「な……に」
訝しげな表情を浮かべたガノンは、しかしすぐに気を失ってしまった。