第11話 食い逃げ少年
島に到達するのは一瞬だった。
ここからが骨だ。いったいキースはどこへ行ったのか。
港には大勢の男たちが群がっていた。突然やってきた謎の大きな船に驚いているのかもしれない。もし何か不安を与えているのなら、説明すべきだろうか。
――自分たちは食料と燃料の補給にきただけ。危害を加えるつもりなどない。
「おいガキ! 金はどうした⁉ 払えねぇんなら渡したもん返しやがれ!」
「ん?」
突然、賑わいのある港町の一角で、胴間声が響いた。
ユールもなんとなく視線を向けてみた。その先では食べ物らしき物品を両手に抱えて走る少年と、それを追いかけるエプロンを着た男性の姿があった。
お金のない子供が、お腹をすかせて、やむにやまれず物盗りをしたのかもしれない。このご時勢、別に珍しい光景でもない。
キースのことで頭がいっぱいのユールにとっては、正直どうでもいいことだった。それでもなんとなく成り行きを見守ってみる。少年のほうは足が速く、捕まりそうにはなかった。
その光景を横目に、キース捜索に戻ろうとしたそのときである。
一匹のガルダが凄まじいスピードで、ユールを背後から追い越していった。
真紅の翼はまるで流星のように、闇夜を切り裂き光の尾をひいていく。やがて逃走を続ける少年の真上にまで来ると、一ひねりして急降下し、少年を掬いあげる。
「このガキ、ガルダ乗りか! 小癪な!」
怒鳴る店主の声がユールを我に返らせる。
ガルダ乗りというものは、その辺にいくらでもいるようなものではない。ガルダ自体極めて希少価値の高い、神聖視されているような存在である。そのガルダを乗りこなすにもまた、類まれなる才能が必要とされる。ましてやこんな少年が――。
『紅の羽を持つガルダに乗っている』
キースの言葉が蘇る。紅の羽というのは珍しいため、よく記憶に残っていた。
『十四歳の少年』
紅のガルダは少年を乗せて、また高度を上げる。少年の腕から、食べ物が少し零れ落ちた。
『金髪で』
落ちていく食べ物を残念そうに見下ろす少年は、確かに金色の髪を靡かせていて。
『すっごく可愛い顔してるんだけど』
ようやく、ほとんど同高度で飛んでいるユールたちの存在に気づいた様子の少年は、髪の長さが長ければ、少女と見まがう類のものだった。
「……ガルダ乗り?」
ユールの顔を見た少年が呟く。呆気にとられているような表情だった。
ユールは毅然とした態度で、少年に相対する。
「ユール・サーナイトだ。貴様、ガノン・ウォーレンだな」
「え、なんで僕の名前――」
「ジャスミン・アルフレッドは一緒か?」
その名を出した途端、少年――ガノンの顔つきが変わる。もうすでに少女と見間違うようなそれではなく、戦う者のそれ。いや、相手を敵と断定した猛獣そのものの表情だった。
それを見たユールの全身にも熱い血が巡り、臨戦態勢に入る。
「ジャスミン姉さんに何の用ですか」
ガノンの怒りを押し殺した声に対して、ユールは冷静に返した。
「一緒に来てもらおうか。何、悪い話ではない。できれば穏便にいきたいところなのだが」
言いつつも、もう戦闘が避けられぬことはわかっていた。キースご執心のうちの一人だから命まで取るつもりはないが、少し痛い目見て冷静になってもらおう。
「無理に決まってるでしょう、そんなの」
ガノンのその言葉に、ユールはフッと笑みを浮かべた。
――これで正当に戦える。