第1話 ふたつの影
銃弾や大砲が飛び交う海の上において、勝利の鍵を握るのは紛れも無く『彼ら』だった。
大都ウォルガナは南西、キリニア海の洋上で、今まさにひとつの海戦が始まろうとしていた。
「あちらさんも、もうこちらの存在には気づいていることだろう。だが恐れることはない。船のでかさもさることながら、物量はこちらが圧倒的だ。一気にカタをつけるぞ!」
とある海賊船の船長が、部下に向けて大演説をはる。
自慢の刀剣を振りあげ、そして振り下ろす先が指し示すのは敵船のある方角だ。
「ま、もしかしたらサウロたちだけで全滅させちまうかもしれんがな!」
厳しい表情での演説から一転、船長がにんまりと笑みを浮かべると、部下たちも高笑いしつつ軽口をたたき始める。
「ああ、なにせキリニア海を誇る空の五人衆だからな!」「サウロたちなら、あんな小船ひと揉みよ!」「ちげぇねぇ! ……って、おい、あれを見ろ!」
遥か彼方の洋上に、二つの黒点が浮かびあがった。その点がみるみるうちに大きくなってくる。
部下たちは歓声をあげた。
「サウロたちだ!」「まさかアイツラこの短時間でやっつけちまったのか⁉」「頼りになるとかいうレベルじゃねぇぞ。もう負ける気がしねぇよ!」「ちげぇねぇ! ……ん?」
浮かび上がる点が徐々に大きくなる中、しかし数人がそれに違和感を感じ始める。
その点の正体は、全長ニメートルを優に超える巨大鳥と、その上にまたがる一人の人間だ。
その鳥はガルダという、世界最大級の大きさと飛行速度と知能を持つとされる鳥である。相手は選ぶが、その選んだ人間に対しては高い忠誠心を持つ。
また、そのガルダに乗る人間は、俗に『ガルダ乗り』と呼ばれている。
このガルダ乗りは誰もがなれるわけではなく、比類なき素質と、血の滲むような努力が必要だ。天空を飛び回っても平気でいられる胆力に、状況判断能力、空間把握能力、そして何よりもガルダに好かれる人間でなければ、彼らの背に乗ることすらできない。
ガルダ乗りは、現代において、海上戦における最大戦力とされていた。
先ほどから英雄扱いされているサウロたち五人も、このガルダ乗りと呼ばれる勇敢な戦士たちだ。それもかなり優秀な部類である。数々の海戦の中、彼らの活躍なしでは負けに転じていたであろう戦いもいくつかあった。
この海で生き残るのにもっとも重要なのは、大きな船を持つことでも、大砲を揃えることでもなく、優秀なガルダ乗りをどれだけ多く仲間にできるかなのだ。この『チヂレゲ海賊団』が近頃なんか調子いいのも、ひとえにサウロたちを仲間にできたからだ。
というかもはやそれだけが理由だ。この『チヂレゲ海賊団』からサウロたちを除いたらチリとゴミしか残らない。
そのことに薄々感づいている船長たちは、もう完全にサウロたちの言いなりである。なんとか彼らの機嫌をとり続け、この船に残ってもらえるようにあんなことやこんなことも日々がんばっている。
そのことに不満がないわけではない。
でもサウロたちがいないと困る。彼らの強さは本物だ。
最初は敬語だったのに、いつの間にか船長の自分に対してため口を聞いてくるようになったとか、なんかそういうのを考えたらダメなのだ。最近の船長もいろいろ大変なのである。
失礼、話を戻そう。
違和感の正体は、その近づいてくる二つのシルエットにある。ガルダとガルダ乗り。それが二ペア。
その数は問題ではない。サウロたち五人のうち三人はその場に残って敵方を監視し、二人だけが戦勝報告にきたのかもしれないからだ。
問題は、そのシルエットの大きさにある。
サウロたちガルダ乗り五人衆はいずれも大男だ。シルエットでもすぐわかるほどに。
なのに、近づいてくるシルエットはやけに小さい。
あれではまるで、子供が乗っているようではないか?
「ま……まさか……」
と、部下のうちの一人が恐れおののいた声でいった。自然その男――ミッチェルに視線が集まる。
「な、なんだミッチェル」
船長がおそるおそる尋ねると、ミッチェルは震え声で続けた。
「一昨日寄った港の酒場で聞いたんだ。この海域には、『スライサーズ』っていう、海賊ばかりを狙うガキ二人組のガルダ乗りがいるから気をつけろって」
「ガキ二人?」
「十四、五歳の少年と少女らしい。一人は女みてぇにきれいな顔した金髪の少年。もう一人は男みてぇな汚ねぇ罵声を浴びせてくる赤髪の女の子って話で」
みるみる近づいてくる二人のガルダ乗り。その姿は今挙げた特徴と合致する。
目の覚めるような真紅の翼をはためかせるガルダに乗るのは、やはり十四、五歳と思しき、金髪の少年である。これから敵船に突っ込んでこようとしているとは思えないほどの涼しげな表情だ。
方や、美しい銀翼を持つガルダの上で嗜虐的な笑みを浮かべている赤髪の少女。
それなりに、いやもしかするとかなり整った顔立ちをしているのに、その野獣のような表情が台無しにしてしまっている残念な少女だ。耳の少し下辺りまであるショートカットの髪を風になびかせ、彼女は大上段に胸をそらしている。
「その二人のガルダ乗りは、化け物みてぇに強ぇえらしい」
忘れた頃に、ミッチェルはそう締めくくった。