異世界へ
「フィンリル!交番まで散歩に行くぞ!」
帰宅した大餓は愛犬のフィンリルと一緒に交番へ行く準備を進めていた。
愛犬のフィンリルは数年前に俺が保健所から引き取った犬である。
初めから、大きくて立派な犬だとは思ってはいたが、何故か見た目がニホンオオカミと瓜二つだったので調べてみたら、本当に狼だったので驚きだ。
狼なので神話好きな俺は、この狼の名前もフィンリルにした。
「行くぜ!フィンリル!」
被害届などの準備が出来たので俺とフィンリルは家から飛び出し、門の外へ勢いよく飛び出す。
「ワン!ワン!ワン!」
「な、何だ?」
フィンリルがいきなり地面に向かって吠え出し、その地面が紫色に怪しく光り始める。
大餓は眩しさのあまり、手で目を覆う。
一体…何なんだ…
指の隙間から地面を見た。
「な!?」
地面には逆五芒星が円の中に閉じ込められている様子を描いた魔法陣が描かれている。
円と逆五芒星を形どっている線には、謎の文字がびっしりと書かれており、魔法陣全体が紫色の光を宿していた。
突如、光が強くなったと思うと、一瞬だけ体が浮かんだような感覚に襲われてしまった。
「よし。成功だ!邪神様が降臨なされたぞ!」
誰かの声が聞こえる。
何だ?邪教の怪しい儀式か?
それが、大餓の第一印象だ。
魔法陣の光が消えたので大餓は辺りを見渡す。
ここは薄暗い石造りの部屋だ。
この部屋に窓はなく、光源は五つの松明のみである。
そしてこの部屋の中には、ファンタジーの世界でよく出てくる真っ黒なフード付きのローブを着た魔導士っぽいひとが五人、大餓を囲むように等間隔に立っている。
「邪神様、どうか我等をお救い下さい。」
魔導士姿の人全員がフードを脱ぎ、俺に跪いた。
フードの下から現れた顔は決して人間のそれでは無い。
みんなちょと色黒だが、これくらいは日本でも普通にいる。顔はごく普通の人間だ。だが、魔導士姿の人達の頭には羊の様な角が生えているのだ。
「ゲ!?」
大餓は驚きの声をあげる。
「邪神様、何に驚かれて…ゲ!?お、お前、人間か?」
顔を上げた一人の魔導士も驚きの声をあげる。
「ああそうだ。俺は人間だ!邪神じゃねえ!」
「「「「「うあああああ!?」」」」」」
魔導士達、全員が悲鳴をあげた。
「「「「「人間に死を!火炎球!」」」」」
魔導士達が大餓を指差して叫ぶと、魔導士達の指先から炎の球が生まれ、大餓の方へ飛んでいく!
「わわわわわわわわわわわわわ」
「魔封じ!」
誰かの声が、炎の球をかき消す。
「お前ら、この者達には手を出すな!」
声と供に姿を現したのは、擬人化した水牛が王族の仮装をしたかのような化け物だ。
「貴様は人間だな?」
「ああ」
大餓は化け物の目を見て言う。
こ、こいつ、いったい何者だ?
仮装好きのオッサンか?
それにしても凄い気迫だ。
気を抜いたら、気迫に飲み込まれてしまいそうだ。
こんな時こそ、堂々とするべきだ。
「貴様は自分に軍師の才があると思うか?」
「軍師?頭脳戦なら俺は最強だ」
返事を聞いて化け物は大きく頷く。
「よし。我はこの者を我が国の軍師として迎え入れる!」
は?
「な!?ですが陛下、こ奴は人間ですぞ!」
「ああ、分かっておる。我らは完全に包囲されている。使える者は神でも使わねばならない状況だ!」
「ですが!」
「もういい!貴様、我の軍師になってくれるな?」
魔導士の一人と言い争っていた化け物が大餓に尋ねる。
この緊迫した空気から察するに、こいつらは本当に危機的状況に置かれているのだろう。
「戦があるのだろ?まずは今の状況を聞いてから返答しよう。」
「よかろう。全てを話す!」
「陛下、なりません!」
「黙れ!このままだと我らは滅びるだけだ。我に、我の民を見捨てろというのか?」
「くっ」
言い争っていた魔導士が引き下がる。
「まず、今の状況だ。今、この町は五百の人間の兵に包囲されている。残念なことにわが軍は百にも満たない。
何か質問は?」
「地図はあるか?地形も書いている物がいい。」
化け物が魔導士にあごで合図をすると、魔導士の一人が床に地図を広げた。
へぇ。
さっきとは態度が違うな。
あの水牛もどきのいう事は聞くという事か。
「ここが我らがいる町だ。我らはここを死守せねばならん。」
言って地図の真ん中に描かれた街を指差す。
「ほかの町や城まで逃げれないのか?」
「無理だ。この町には女や子供がたくさんいる。ほかの場所に行くには時間が無さすぎる。」
「敵の位置や、布陣は分かっているのか?」
「ああ、それは分かっている。石を」
魔導士達は地図の上に石を並べ始めた。
おそらく、この石は人間の軍を現しているのだろう。
人間は町から二日ほどの距離の平地に陣を敷いていた。
この町の周りにも、人間の陣の周りにも森などの隠れる事ができる場所が無いようなので、お互いに奇襲は出来ない。
「ここって、異世界なんだよな?」
「は?」
「いや、ここは俺のいた世界じゃないんだよな?」
「ああ、多分そうだろう。」
やはり俺は異世界に召喚されてしまったのか…
と、思っている大餓は非科学的な事は一切信じないが、自分の身に起こったことは即座に理解し、受け入れることが出来る人間だ。
異世界に召喚されてしまったことを理解した大餓は、次の疑問について考えている。
さっき魔導士達は何もない場所から炎を産み出していた。
この現象から、この世界では魔法が使えるとみて間違いないだろう。
「この町に、殺傷能力が高くて効果範囲が広い魔法を使えるものはいるか?」
「いるにはいるが、人間は魔法を弾く結界を張っておる。外からの魔法は効果が無いぞ」
「中からなら効果があるのか?」
「ある。だが、その魔法を使う術者が結界の中に入れるかどうか…」
「こちらの一兵は人間が何人分の強さだ?」
「三人ほどだ。」
なら、術者を敵人に送り込むのは不可能に近いな…
待てよ…
「こちらの民や軍に人間はいないんだな?」
「ああ、お前以外はみな魔族だ」
へぇ。こいつらは魔族というのか…
「瞬間移動の魔法はあるか?」
「あるが、その魔法は二つの扉を行き来する魔法だ。それに一度に大勢が移動することは出来ん」
「その扉は俺でも作れるか?」
「魔石を使えば、赤子でもできる」
「一度に五百人を殺せる魔法はあるんだな?」
「先ほどの言ったように、あるにはあるが、使い道が無いと言っただろ。何度言わせる気だ?」
「フッ。安心しろ!この戦、俺がいる限り勝は揺るがん!
一兵たりとも失わずに敵軍を壊滅させてやる!」
俺は自信に満ち溢れた表情で堂々と言い放った。




