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侍女は晴天の下で雪に微笑む

 

 王は相変わらず、偵察のためか時折、カロリーナの元を訪れていた。それを何も映さない瞳でマーディは見続けた。


 王が去った後、カロリーナに尋ねたことがある。


「お父様に会いたいですか?」


 カロリーナは表情を曇らせた。


「お父様は私のことが好きではないもの」


 その言葉にマーディは目を細めた。愚鈍な王よりも子供のカロリーナの方が聡い。マーディは何も言わずにカロリーナを抱きしめた。




 王の訪問は不穏の種を撒いた。カロリーナが眠る夜遅くに何者かが忍び込むようになったのだ。


 その者を手刀で倒したマーディは倒れる男を無表情で見つめた。ただのゴロツキだ。奇妙さを感じたが、マーディは特に気にもせず、その場を去った。どうでもいいことだ。カロリーナに仇なす者は消し去るのみ。彼らの目的も興味はない。


 傭兵時代に使っていたダガーを毎夜、マーディは手入れをしていた。切れ味を鈍らせないようにするために。手元のランプの炎を映し、磨かれたダガーが光る。その光は、マーディの顔を照らした。光を浴びても尚、マーディの瞳には"無"しかなかった。



 昼はカロリーナと穏やかに過ごしながら夜はゴロツキを始末する日々。マーディの感覚は研ぎ澄まされ、休まることはなかった。だが、それにマーディが気づくことはない。マーディが求める安寧がそこにあるのならば。マーディ自身の心などどうでもよかった。




 見た目には穏やかな生活が続いた。カロリーナは苦しい状況にも挫けず笑顔を見せていた。



 そんな時だ。


 アスワドが来たのは。




 王から聞かされた専属騎士の話にマーディは不快感を隠せなかった。カロリーナを虐げていた王が子を思ってそんな事をするはずはない。専属騎士の話をした時の王は怯えていた。圧倒的な力の前にガタガタ震えているようだ。


 何者だ?


 マーディはタガーを背に持ち、塔の廊下で騎士を待った。



 カツン、カツン、カツン


 古い石の階段を昇る音がして、止まった。


 その佇まいからかなりの手練れだと分かった。騎士は柔らかい表情をしていたが、それは偽りだ。瞳の奥に獰猛な炎が見える。それを見て、マーディは全身がかすかに震えるのを感じた。


 圧倒的な力。

 自分など、簡単に一捻りできるだろう。


 マーディの額に汗が滲む。それでも、敵ならば……とダガーに手をかけた。



 騎士はマーディの予想を裏切り、柔らかい表情を崩さなかった。疑惑は晴れないが、彼を刺激して自分が死ぬのは得策ではないと思った。マーディは彼を注意深く警戒しながらも、受け入れた。



 騎士アスワドはマーディの予想を裏切ることを次々した。彼は本当にカロリーナに何もしなかった。それどころか、従者として本当に仕えていた。その姿勢は控えめでカロリーナをかき乱すようなことはしない。


 ゆっくりと雪を溶かす太陽のように二人の生活に入り込んでいった。




 あくる夜、アスワドを見送り、カロリーナを寝かしつけた後、マーディはいつもように見張りをしようと塔を下りた。


 扉の先で誰かが雪の中に倒れた音がして、マーディは慌てて扉を開いた。


「アスワド……?」


 雪の中に黒い死神がいた。


「あぁ、マーディさん」


 アスワドは先ほどまでとなんら変わらない気さくさでマーディに話しかける。

 彼の足元には一人の男が倒れている。


「お客さんが居たので、始末しておきました」


 にこりと笑うアスワドにぞわっとマーディに鳥肌が立つ。


「死んだのか?」


 静かに尋ねると、まさか……とアスワドは肩を竦める。


「明日、カロリーナ様が外に出たがるかもしれません」


 アスワドは動かなくなったモノを一瞥した。汚いものを見るように。


「カロリーナ様が歩く道を赤く汚すわけにはいきませんからね。眠っているだけです」


 どう見ても寝ているようには見えなかった。男は白目を剥いてこと切れているように見えた。


「何なんですか、この人たち」

「分からない……時折、カロリーナ様を狙う者がくる」


 そう言うと、アスワドから笑顔が消える。そして、何かを察したのかよいせっと男を担ぐ。


「何を……」


 尋ねるとアスワドは狂暴なまでの笑みを口に浮かべていた。


「お客様には家に帰ってもらいませんとね」


 そう言ってアスワドは雪の中を行ってしまった。



 唖然とするマーディは後日、アスワドからこんなことを聞かされる。


「もう見張りはしなくてもいいですよ。あなたはカロリーナ様と眠ってください。そして、その手はカロリーナ様を撫でる為に使ってください」


 その意味がマーディは分からなかったが、彼の生い立ちを聞いたマーディは全ての疑問が氷解した。


 彼が狂王の息子で、今の国王と共に狂王を殺した人物だった。鬼神と呼ばれた彼に敵う者などそうそう出てこないだろう。



 カロリーナと同じベッドに入り、添い寝をする。


「マーディと一緒に眠れるなんて嬉しい」


 ふふっと笑うカロリーナを見ながら、マーディも目を細めた。


「えぇ……私もです」

「おやすみなさい、マーディ」

「おやすみなさいませ、カロリーナ様」


 すり寄るカロリーナを抱きしめながら、マーディは目を閉じた。



 心の中でぽちゃんと水音がする。



 マーディの凍った心が溶けだした音だった。




 安寧の日々は続いた。

 その間にもカロリーナとアスワドは距離を縮めていった。カロリーナがアスワドに恋をするのは無理もないことだ。


 アスワドはマーディが言うのも変だが甘い。溺愛していた。まるで飼い慣らされた猛獣のようにカロリーナに従った。カロリーナの甘えを喜び、させたいようにした。


 それはいつか見た王とローザのようでもあった。


 でも、どこか違う。それは……


「ほら、雪よ! 雪が降ってきたわ!」

「積もったら外で雪遊びでもしますか?」

「え? 雪遊び? したい!」

「じゃあ、しましょう。積もるといいですね」

「うん。マーディもするのよ! 負けないんだから!」


 そうだ。この二人はマーディを追い出したりしない。

 二人の世界の住人として扱ってくれる。



「カロリーナ様に勝つなど朝飯前ですよ」


 膨れっ面になったカロリーナにマーディは心から笑った。





 外は嘘と理不尽だらけだったが、三人で過ごす日々は心地よく、こんな日々が続けばよいとマーディは感じていた。


 しかし、その間にも鬼神は本来の姿を現そうとしていた。


「今日は吹雪いているな……」


 深くフードを被り薪を取りに来たマーディの前に鬼神が現れる。


「マーディさん、お話があります。少し、宜しいですか?」


 アスワドは内に囲った鬼神を隠すことなくマーディの前に現れた。マーディは薪を抱え直し、アスワドを見つめた。


「なんだ?」


 マーディが尋ねた時、ひときわ大きな風が舞い上がり、二人のフードを吹き飛ばした。



 アスワドの話はカロリーナの輿入れという名の保護計画だった。


「カロリーナ様を外に出すなんて……!」


 そう言うとアスワドは静かに言った。


「マーディさん。この国は白く美しいのに、汚いものが多いと思いませんか?」


 微笑んだアスワドは更に続けた。カロリーナが居なくなった後にこの国をあるべき姿に戻すと。


「白い国の王となるのは、カロリーナ様以外にはいません。私はカロリーナ様が奪われたすべてを取り戻したい」


 アスワドの瞳には黒い炎が宿っていた。彼はカロリーナの世界を守っているとマーディは思っていた。その世界が穏やかであれば後はどうだっていい。現状に満足してるとさえ思っていたほどだ。


 だが、それはマーディの勘違いだった。すべてを薙ぎ払ってきた鬼神が現状に満足するはずもなかったのだ。


 マーディの足が震えた。

 アスワドが抱いているのは狂暴な愛だ。カロリーナに害を為すものは消してしまうだろう。自分さえも。


 アスワドはカロリーナとの世界にマーディを許したわけではない。


 カロリーナが望むから、世界に居させていただけだ。


 彼の世界の住人はカロリーナただ、一人だ。



「分かった。全て、お前の指示に従う」



 世界の隅っこでもいい。

 カロリーナの側にいられるなら。


 マーディにとっても彼女が全てなのだから。





 ◇◇◇



 アスワドの行動は見事としか言えなかった。国が変わり、王宮の人々は狂い逃げていく。王だけを置いて。



 そして、王が消える日がやってくる。


 その日は、また雪が降っていた。

 曇天の下、国が唸り声を上げていた。王妃と王女の逃亡を知り、ついに国民は我慢ができなかったらしい。主を変えるため、玉座にいる男を引きずり下ろそうとしていた。華美な王宮が土混じりの雪で汚れていく。


「この世で最もいらない首を取りにいきましょう」

 

 アスワドは国民を扇動し、狂気の刃を作り上げた。彼に話し合いなどという生ぬるい考えはない。王が踏み荒らした雪の民そのものを剣とした。


 ある者は剣を。

 ある者は棍棒を。

 ある者は鍬を。

 ある者は使い古した包丁を。

 ある者は雪かきスコップを。

 ある者は何も持たずに。


 王冠を被った者に襲いかかる。


 全ての怒りを身にまとい、王は人の姿を保てず死んだ。


 無惨な亡骸を見て、マーディは言う。


「私の手で殺したかったのに」


 そう言うと、アスワドは笑って言った。


「その手はカロリーナ様を撫でる手だと言ったでしょう?」


 アスワドの言葉にふっとマーディは笑った。


「そうだったな……」



 その晩、雪はいつもより多く降った。足跡で茶色く荒らされた王宮の前も一晩経つと、また真っ白な雪だけとなった。







 数年後――――




「こら! そんなに走ると転びますよ、リリルカ様」

「あははっ! こっちー! こっちよ、マーディ!」

「お姉さまぁ~……待ってぇ~」

「セージュも、早く、早く!」


 晴天の空の下、雪を掻き分けながら、二人の子供が走っている。一人はリリルカと呼ばれた黒髪の女の子。利発そうな子で、雪を水のように撒いて遊んでいる。


 もう一人はセージュと呼ばれた男の子。彼の髪色はローザと同じ栗色の髪をしていた。しかし、彼の目はカロリーナと同じようにアース・アイだった。


 リリルカを追うようにマーディが雪の中を走る。


「こらっ! 捕まえました!」

「キャー!」


 マーディはリリルカを抱きしめると、二人揃って、雪の中に転ぶ。


「二人ともずるい! 僕も~!」


 セージュがムッとしながら、二人にダイブする。


「わっ!」

「キャー!」


 リリルカは歓声を上げ、マーディはギョッとする。二人分の重みを感じたマーディはムッとしながらも幸せそうだった。


「こらこら二人とも……」


 そこへアスワドとカロリーナがくる。


「二人とも……羨ましい」

「は?」

「私も混ぜてー!」

「カロリーナ様!?」


 キャーと叫びながらカロリーナがダイブする。アスワドの手を引いて。

 雪に埋もれたアスワドが顔を上げると、えーいとリリルカが雪を投げつける。それにアスワドは笑顔で雪を握った。


「本気を出しますよ」

「キャー! にげろー!」


 子供たちが逃げ、アスワドが追いかける。


「ほら、マーディも!」


 カロリーナが手を伸ばし、マーディはその手を取った。


 立ち上がったマーディは不意にカロリーナに問いかける。



「カロリーナ様、幸せですか?」



 そう言うと、カロリーナは一瞬、キョトンとした後、満面の笑顔で言う。その鼻は赤く、頬は薔薇色だった。



「もちろん! とても幸せよ!」


 その顔はいつか見たローザの笑顔そっくりだった。



 それを見て、マーディは心の底から笑った。



 晴天の下、雪はキラキラ光を浴びて反射していた。


 ポタリと、雪が溶け出す。


 もうすぐ、雪の季節は終わろうとしていた。



暗い話を長々とお読みくださりありがとうございました。誰も読む人がいないかもしれない…と思ったのですが、ブッマークやポイント、そして見にきてくださった方いたことに感謝いたします。




ここからは余談になります。


◇こぼれ話 (胸くそ話)

もしかしたら気になる方がいるかもしれないと思ったので、ここに。アスワドの母ですが雪の国の出身です。王家の出身とアスワドは思っていますが、彼女は平民の出です。王には他国へ嫁いだ女兄弟がいますが、可愛い娘を狂王には嫁がせたくない当時の王が綺麗な顔の平民の娘を王家繋がりの者として送りました。つまりは、そういう人たちなのです。



◇こぼれ話(笑い話)


アスワドは恋愛面に関してはとってもへたれです。従者根性とカロリーナを神聖なものとし過ぎているので、触れるのがおこがましいと思ってます。カロリーナがキレるくらい、とってもへたれです。




2018.2.10 追記


ポイントやブッマークを付けてくださった皆様、ありがとうございます。おかげで2018.2.10日間異世界(恋愛)7位とランキングにのることができました。多くの方の目に触れられる機会を与えてくださり、感謝いたします。


誤字報告で漢字間違えや、てにをは、表現間違えを指摘してくださった皆様、稚拙な文章で申し訳ありませんでした。丁寧な誤字報告に頭が下がります。ありがとうございます。


誤字報告で、違う表現を教えてくださったり、解説までしてくださった皆様。学ぶことが多く、教えてくださって感謝いたします。一緒に物語を作ってくださってありがとうございます。


皆様に関われたことに胸に、よりよきものをお届けできるよう頑張っていきます。


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