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黒騎士は出戻り姫を雪の中に囚える  作者: りすこ
侍女は春風に背をおされて、幸せを紡ぐ
16/18

春風の援護

「秋には学校に行くし、わたし、もう一人で寝れるわよ!」


 お気に入りの虹色のドラゴンのぬいぐるみを抱き締めながら、リリルカが言う。


「ぼくも、おにいさんになるから、平気だよ」


 夜着の裾を握りしめながらセージュまでも虚勢を張る。これは驚くべき事態であった。



 マーディは毎晩、公務が忙しいカロリーナたちの代わりに、二人を寝かしつけていた。


 二人は両親にぶつけられない甘えをマーディにぶつけてくる。甘えは可愛いものなので、マーディは二人が望めば寝つくまで添い寝をしていた。

 それなのに、これは一体、どういうことだ。


「私と一緒に寝るのが嫌になりましたか?」


 そう尋ねても二人はぶんぶん首を横にふる。


「そんなことないわよ!」

「そうだよ。でも、ぼくたちが一人で寝ないとマーディとジョルジュが仲良くなれないか──」

「しぃぃぃぃっっ! セージュ、ジョルジュのことは内緒って言ったでしょ!」

「あ……」


 慌てて両手で口を塞ぐセージュを見て、マーディの眉がつり上がる。そういうわけか。合点がいったが、誘いを断ったからといって、二人まで巻き込むのは許せない。ふつふつ沸き上がる怒りを笑みに変えて、マーディは二人に話しかける。


「ジョルジュとはもう仲良しですから、安心してくださいね。さあ、一緒に寝ましょう」


 いつも通りに寝かしつけようとしたが、二人は動こうとしない。リリルカはびしっと指を立ててマーディに言った。


「いつまでも子供じゃないのよ! 今日は一人で寝るんだから!」


 セージュもこくこく頷いている。


 リリルカは頑固だから一度言ったら聞かない。ここは引き下がるべきだろう。


 ──ジョルジュめ……


 苦々しく思いながら、マーディはそれならと笑顔で話しかけた。


「わかりました。おふたりは大きくなられたのですね。今日は添い寝も、絵本読みもせずに、私は下がることにいたします。セージュ様。あの絵本の続きは、昼間にいたしましょう」

「えほん……」


 セージュが寂しそうな声をだす。「それは嫌。今、読んで」と甘えてくることを期待したが、セージュが何か言う前に、リリルカが声を張った。


「絵本なら、わたしが読んであげるわよ!」

「おねえさまが?」

「うんうん。さあ、一緒に寝ましょう! おやすみ、マーディ!」


 セージュの手をひいて、リリルカは大股で歩いていってしまう。


 ──大きくなられたな。


 リリルカの成長は嬉しいが、やや寂しい気持ちになる。マーディは小さく肩をすくめて、二人の部屋を後にした。



 二人の部屋を出ると、マーディは怒りで顔をしかめた。


 ──ジョルジュめ。どういうつもりだ。


 こういうやり口は好きではない。会ったら関節技でもきめて、問いつめてやりたい。


 憤慨しつつ夜の廊下を歩いていると、闇に紛れて黒い騎士服の男が現れた。マーディは足をとめる。


 相変わらず、夜の似合う男だ、と思ってしまうのは彼の過去のイメージがぬぐえないせいだろう。彼はマーディと目が合うと、にこやかに微笑んだ。


「ああ、マーディさん」


 腹の居所が悪かったマーディは、彼──アスワドの笑顔は幸せボケしているようにしか見えない。八つ当たりのように、冷たい声が出た。


「今日はずいぶん、早いんだな」

「頼まれごとをされましたので、早めに切り上げてきました」

「頼まれごと?」


 嫌な予感がする。マーディは鳴りをひそめた戦の顔をだして、アスワドに問いかけた。


「まさか、ジョルジュとの飲みを手引きしたのは、お前じゃないだろうな?」

「ああ……」


 アスワドは気まずそうに視線をはずした。ぴくりとマーディの眉がつり上がる。


「貴様なのか?」


 怒りをあらわにして問い詰めると、アスワドは肩をすくめた。それを肯定と見たマーディの堪忍袋は切れた。


「リリルカ様とセージュ様まで巻き込んで、どういうつもりだ」


 アスワドはくすりと笑った。


「そろそろ、マーディさんにも春がきてもよい頃だと思いまして」

「はあ?」


 意味がわからず、不満をだしても、アスワドは微笑んでいた。


「私がカロリーナ様とのことで悩んでいたときに、マーディさんは親身になってアドバイスをくれたじゃないですか。ですから、お礼です」


 マーディは頬をひきつらせた。


「何がお礼だ。その顔は楽しんでいるだろう」

「とんでもない。わりと真剣です」

「どうだか。お前のその笑顔はうさんくさい」


 アスワドは喉を震わせて笑いだす。


「私の笑顔は真実味に欠けると思いますが、本当ですよ」


 到底信じられなかったが、嘘とも思えなかった。アスワドの目が楽しそうに生き生きとしていたからだ。


 しかし、嘘でも本当でも、余計な気づかいなのは確かだ。マーディは嘆息して、アスワドに釘をさす。


「ジョルジュと私を無理に引き合わせようとするな。わかったな」


 念をおしたが、アスワドは苦笑した。


「それはもう、手遅れだと思いますよ」


 はあ?と文句を言おうとしたとき、アスワドの後ろから数人の足音がした。誰かが走ってくる。先頭はカロリーナだった。彼女の後ろから付き添いの侍女と護衛が走っている。マーディはぎょっとした。

 カロリーナはマーディを見ると、ぱっと顔を輝かせた。


「マーディ、ここにいたのね!」

「カロリーナ様?」


 カロリーナはマーディの前で立ち止まると、胸の前に手をくんで、目を爛々と輝かせた。


「ジョルジュとデートしに行くんでしょ! 子供たちのことは任せてね。もう公務はおしまいにしてきたわよ!」


 はつらつとした笑顔のカロリーナにマーディは真顔になる。首だけを横に向けて、隣にいるアスワドに視線で会話する。


 ──おい、どういうことか説明しろ。


 アスワドはマーディの表情を的確に読み取り、同じように視線で答える。


 ──どうもこうも。見ての通りですよ?


 マーディはアスワドの微笑を正確に読み取り、顔をひきつらせた。経緯はわからないが、ジョルジュと引き合わせようとしていたのはカロリーナらしい。


 ──おまえ、カロリーナ様を止めなかったな?


 彼は自分の願いを知る者だと思っていたが、裏切られたようだ。アスワドは黒い瞳を細くする。


 ──私がカロリーナ様のすることを、止められるわけないでしょう。


 夜が似合う死神は、姫に従順な騎士であった。マーディは思わず遠い目になる。


 カロリーナに視線を戻せば、うずうずと震えた肩が見えた。期待に満ちたアース・アイを見てしまっては、強く断れるはずもなく。


「……なぜか、ジョルジュと会うよう、ですね……」


 そう言うのが精一杯だった。

 カロリーナの表情がいっそう、輝きだす。


「素敵なことね。ジョルジュならマーディをまかせられるわ」


 にこにこと笑い出したカロリーナに首をひねる。


「カロリーナ様はずいぶん、ジョルジュのことを気に入っておられるのですね」


 カロリーナは指を顎につけて、「そうね……」と考え込むしぐさをする。やがて答えがでたのか、ぱっと満面の笑顔になった。


「ジョルジュは、アスワドに少し似ているのよ。だから、信頼できるわ」


 思わぬ言葉にアスワドの目がだらしなく下がった。見た目は微笑だが、完全に喜んでいるとマーディは見抜いていた。


 しかし、ジョルジュはアスワドに似ているだろうか。

 彼は控えめで物腰は穏やかだが、アスワドみたいに鍛えた男性ではない。ひょろっとしていてマーディの方がどちらかといえば筋肉質だろう。


 ただ、冗談ではないと言ったときのジョルジュは、少しだけアスワドに似た闇があった。



「今夜はゆっくりデートしてきてね」

「……あ、はい」

「ジョルジュは、表通りの酒場にいるらしいわ。先に行っているって伝言をもらったの」


 こういうのをなし崩しというのだろうか。


 マーディは嘆息すらできずに、着替えて言われた通りの酒場に行くことにした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] にまにまが、止まりません……! アスワドもカロリーナも、リリルカもセージュも生き生きと幸せそうで、胸のなかがくすぐったいです。 始まりのローザの肖像画のエピソードからこちら、甘さ皆無のマー…
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