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黒騎士は出戻り姫を雪の中に囚える  作者: りすこ
侍女は春風に背をおされて、幸せを紡ぐ

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15/18

春風の企み

「今日はここまでにいたしましょうか」


 家庭教師のジョルジュから、授業の終わりを告げられ、リリルカとセージュはそろって声をだした。


「「先生、ありがとうございました」」


 素直に礼を言う二人を見て、ジョルジュは微笑む。


「今日はお二人とも、よく私の話を聞いていられましたね」


 褒められて、二人は照れ笑いをうかべる。

 リリルカは誇らしそうに胸をはり、セージュは顔を赤くして、はにかんでいる。それぞれの素直な反応に、ジョルジュの目尻の皺が下がっていった。


 ジョルジュは「では、また明日」と二人に声をかけると、部屋から出ていってしまった。


 パタンと扉が閉まると、リリルカは今までのにこにこ顔を引き締め、小動物のようにすばやい動きで扉に向かう。

 静かに扉を開いて、外の様子を伺った。

 セージュがのんびりした足取りでリリルカに近づき、カロリーナにそっくりなアース・アイをぱちくりと瞬かせる。


「おねえさま、どうしたの?」

「しっ! 静かに……」


 リリルカが声を潜めて、セージュをたしなめる。セージュは素直に唇を引き結んだ。リリルカが小さな体をまるめて、扉の外を指す。セージュも扉の隙間から、外を覗いた。


 見えたのはマーディとジョルジュの姿。廊下で立ち止まって、会話をしていた。

 ジョルジュがマーディに向かって、自分たちの勉学の様子を話しているようだ。「二人は覚えが早くて」と言うジョルジュの穏やかな声が聞こえてくる。

 マーディはジョルジュの言葉に相槌をうちながら、真剣な様子で耳を傾けている。セージュにとっては、いつもの二人のやり取りに見えたが、リリルカにとっては違った。


「やっぱり……ジョルジュはマーディが好きなようね」


 ふんと鼻息をだして、リリルカが言う。セージュはこてんと首をかたむけた。


「好き?」

「そうよ。大人の好きよ」


 リリルカが得意気に指を一本立てる。セージュは意味がわからず、目をぱちくりさせた。


 六歳のリリルカは、背伸びしたい年頃である。


 特に今は、人々の心が浮き足立つ春。王宮では花開くように恋の話がそこらかしらにあふれている。恋の話に興味津々だったリリルカは、聞き耳を立てて情報を収集していた。集めた話から推測をたて、ジョルジュはマーディに恋をしている!と決めつけていた。


「大人の恋?」


 五歳のセージュは、まだまだ子供のまま。恋愛はよく分からないお年頃である。


「大人の恋よ。ほらよく見て、ジョルジュがいつもより、でれでれしているわ」

「そお?」

「そうよ!ジョルジュはマーディに恋をしているはずよ!」


 力んで声を荒げてしまった。リリルカがしまったと慌てて口を閉じる。


 控えていた若い侍女がくすくす笑っているのも気づかずに、リリルカはその場にしゃがみこむ。セージュを手招きして、同じ態勢になるように言った。セージュは素直にしゃがみこんだ。リリルカは小さな声でセージュに言う。


「いい。マーディとジョルジュをくっつけて恋人にするのよ」

「恋人?」

「そう。恋人になって、結婚するとね、大人は幸せになるのよ」


 リリルカがそう思い込んでしまったのは、両親の影響によるものであった。


 リリルカにとって、母はいつまでも白い雪の精霊みたいに美しい人だ。少し近寄りがたく感じるほど、浮世離れした存在。そんな母が、父のことを話すときは、少女のように微笑む。


「私はお父様のことがとても好きよ。大好き」


 子供の前でも恥じらうことなく言いきる母の姿は、リリルカの目から見ても可愛らしく、とても綺麗だった。


 一方、父に母のことが好きかと尋ねると、おもしろいぐらい動揺する。普段は穏やかな父の表情が、崩れるのだ。

 顔が仄かに赤くなり、目が泳ぐ。リリルカは目がとてもよかった。しつこくじっと見ていると、観念したように父は答えてくれる。


「……お母様のことは愛していますよ。誰よりも愛しています」


 そういう父の顔は、普段よりも幸せそうで、リリルカも幸せな気持ちになった。


 恋をすると人はきれいになり、恋人になると幸せになれるもの。リリルカは両親の幸せそうな笑顔をみて、そう信じていた。


「セージュは、マーディとジョルジュが好きでしょ?」

「うん、好き」

「わたしも大好きなの。大好きなふたりが幸せになったら、素敵だと思わない?」

「思う!」

「でしょ!」


 同意されて興奮してしまい、リリルカは大きな声をだしてしまった。はっとするが、もう遅い。隙間が空いていた扉が開かれていた。


「リリルカ様、そこで何をしているんですか?」


 あきれたようなマーディと目が合ってしまい、リリルカは内心で冷や汗をたらす。覗き見がばれて叱られると思ったリリルカは、わざと偉そうに両手を腰にあてた。


「ジョルジュがわたしたちのことを何て言うか気になっただけよっ マーディにこそこそ話しかけているの、知っているんだから」


 苦しい言い訳をすると、マーディはくすくす笑い出した。リリルカと視線を合わせるように身を屈める。


「ご安心ください。リリルカ様はとても優秀だとジョルジュも言っておりますよ」

「そ、そう? それなら、いいんだけど」

「でも、足をぶらぶらさせるのは、注意したいところですけどね」

「それは! ……だって、座っているとおしりがむずむずするんだもん」


 リリルカはじっとしていられない性格で、座って授業を聞いているのが苦手だ。体のどこかを動かしていないと集中できない。


 リリルカを座らせるのは、簡単なように見えてとても難しい。王女という立場もあるし、何よりリリルカは頑固なのだ。


 厳しすぎてもへそを曲げる。甘やかしすぎても、調子にのる。そんな手を焼く王女に寄り添い、リリルカの言い分をたくさん聞いてくれたのが、ジョルジュだった。彼が家庭教師について以来、リリルカは体を揺らしながらも机に向かえるようになれた。


 自分でも悪い癖だなと思ってはいるが、体のむずむずはどうしようもないのだ。


 唇を尖らせて拗ねていると、マーディは微笑してリリルカに声をかけた。


「秋には学校に通うのですから、少しづつ座れる時間を増やしていきましょう。背筋を伸ばした方がリリルカ様はお綺麗ですよ」

「そお?」


 綺麗といわれてしまえば、自尊心がくすぐられてやらなければと思ってしまう。リリルカは素直に頷いた。


「わかったわ。がんばる」

「そのいきです。座っていられたので、これから外に出ましょうか」

「え? おそと?」


 横からセージュが声をだして、目を輝かせる。


「はい。今日はよい天気ですし、散歩に行きましょう」

「やったあ」


 セージュが万歳をすると、リリルカは慌てて声をだした。


「じゃあ、ジョルジュも一緒がいい!」

「ジョルジュもですか?」


 ジョルジュの恋を叶えるには、マーディとたくさん話した方がよい。二人でデートというものをすればよいのだ。リリルカはデートを勘違いしていたが、会話をたくさんすることはよいことだろう。


 マーディは困ったように後ろを振り返る。


「ジョルジュは別の仕事にいってしまいましたよ」


 誰もいなくなった廊下を見て、リリルカは地団駄を踏んだ。


「なんでいないのよ?!」


 癇癪を起こしたリリルカに、マーディは苦笑いをする。


「おねえさま、お外、早くいこう」


 セージュだけがのんびりと、悔しがるリリルカの袖をひいて、声をかけた。


 へそを曲げたリリルカだったが、彼女は諦めなかった。


(ジョルジュの恋を叶えるのよ!)


 リリルカは公務で忙しい両親を捕まえて、マーディとジョルジュのことを話したのだった。





 *



 二人を外に連れ出したマーディは内心、動揺していた。


 実はリリルカの「ジョルジュはマーディに恋をしている」発言は、ばっちり聞こえていたのだ。

 マーディが動揺したのは、リリルカが勘違いしたことではなく、彼女の言葉を聞いた後のジョルジュの態度だ。


 リリルカの声を聞いたジョルジュは普段の穏やかな表情を崩し、顔を朱色に染めた。リリルカの言葉を肯定するような表情だ。彼がそんな顔をすると思わなかったマーディは驚いた。妙な空気になってしまい、マーディは打ち消すように苦笑した。


「リリルカ様には困ったものだな。私から誤解だと、それとなく言っておく」


 話を切り上げようとすると、ジョルジュは表情をすっと変えた。真剣な眼差しで射ぬかれる。


「誤解ではないです」


 マーディの心臓が動揺で高鳴る。


「……冗談だろう」と、反射的に言ってしまった。


 ジョルジュとは年齢が近く、肩肘はらずに話し合える仲である。でも、それだけ。リリルカとセージュの成長を見守る者同士と思っていた。


 それ以前に、マーディの中で、異性を思う気持ちは存在しなかったのだ。大切な人々が健やかに過ごすことが、マーディにとって最上の幸せ。自分の幸せは二の次だった。


 動揺を顔にだすと、ジョルジュがくすりと微笑む。


「冗談ではないですが………貴女がそう思われてもしかたないと思っています」


 からかわれたと思ったマーディは顔をしかめた。


「バカも休み休み言え。では、また明日な」


 ジョルジュの脇を通りすぎようとしたとき、彼に腕を捕まれた。反射的に振り払うと、あっさり拘束は解かれた。大げさに両手をあげるジョルジュを睨む。


「失礼しました」

「本当だ。私に気安く触れるな。投げ飛ばすぞ」


 ジョルジュは軽い笑い声をあげる。


「投げ飛ばされるのはちょっと」

「私もごめんだ」

「では、今度、飲みに行きませんか?」

「は?」

「冗談ではない理由を話したいです」


 そう言うジョルジュの表情は穏やかな笑顔だったが、瞳には熱がこもっていた。男が女を見る目だ。


 その瞳はカロリーナとじれったい関係だったときのアスワドと似ていて、マーディは警戒を強めた。


「夜はリリルカ様とセージュ様を寝かしつけるからダメだ」

「そうですか。残念です」


 ジョルジュはあっさり引き下がり、一礼をして立ち去った。その背中にほっと息をはき、マーディはリリルカたちの元へ向かった。




 ──ジョルジュは何を話す気だったんだ……?



 リリルカが若い侍女と追いかけっこしている姿を見ながら、マーディはジョルジュのことを思い出していた。

 リリルカたちが楽しそうにしている姿に心安らぐ時間であるはずなのに、ジョルジュのことをつい気にしてしまう。


 ──今さら、惚れたはれたもないだろう……


 年齢を考えてみろ。三十後半をとっくに過ぎた。早婚の雪の国では孫がいてもおかしくない年齢であるし、実際、リリルカとセージュは孫のような存在だ。

 この年齢で異性との関係を深めようなんて思えない。


 ジョルジュとはよき仲間として過ごせればいい。


 彼の告白は忘れることにしよう。気持ちを切り替えて、マーディは追いかけっこにくわわった。



 一度は流れた話だったが、思わぬ事態が訪れた。

 なんとリリルカとセージュが一人で寝ると言いだしたのだ。


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