表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒騎士は出戻り姫を雪の中に囚える  作者: りすこ
黒騎士は雪解けの春に戸惑う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/18

黒の戸惑い

 白い。


 白い世界を完成させたはずだった。


 それなのに、自分の黒が白を飲み込もうとする。


 白を壊し、黒しか残らない世界にする。



 それに気づいたとき、アスワドはどうしようもない戸惑いを覚えた。




 カロリーナの即位式。それはアスワドにとってゴールのようなものだった。駆け抜けた七年間の集大成ともいうべき瞬間を前にして、その美しさに目が眩んだほどだ。


 沸き上がる歓声。

 隣に立つ白い女王。


 全てがアスワドの描いた通りだった。


 白い女王はその清らかな心のままに、人を導いていく。戸惑いながらも前を向く彼女は綺麗でそれを一番、近くで見れる光景にアスワドは喜んでいた。


 しかし、一つだけ問題があった。


 その問題は昼には起きなかった。彼女が女王の役割をこなすために毅然とした態度でいたからだ。


 問題が起きるのは夜だった。

 女王を仮面を脱いだ彼女は七年前に返ってしまうのだ。無垢な瞳で甘えてくる。


「アスワド。一緒に寝て……」


 おずおずとアスワドのシャツをひっぱっては毎夜、カロリーナはせがんだ。


 離れたくないの……瞳で訴える彼女は七年前にはなかった艶やかさがある。羞恥を堪えているのか、頬を朱色にして、唇もまた同じ色に染まっている。伏せられた睫毛は切なく震えていた。その姿にくらりと、目眩を起こしそうになる。


 分かっていた。カロリーナは、まだ戻ってきたばかりで不安なのだ。これが夢ではないと実感したいだけだ。


「えぇ、もちろんですよ」


 シャツを引っ張る手をそっと重ねる。ドクリと心臓が高鳴ったが、アスワドは聞かなかったことにした。


 姫に跪く騎士のように膝を床に付けると、カロリーナは気恥ずかしそうに身動ぎした。見上げるこの体勢がアスワドは好きだ。彼女の恥ずかしそうな顔を見るのが堪らない。


 カロリーナは恥ずかしいとちょっとだけドレスを摘まむ。彼女に似合ったシルクのナイトドレスが滑らかな(しわ)を作っては、何事もなかったかのように元に戻る。

 それを繰り返すしぐさを視界の隅で見つめ、視線は決して逸らさない。


 今日こそは負けない!とカロリーナも意気込んでいるのか、アスワドを負けじと見つめ返す。夜ごと繰り返される静かな攻防戦。


 勝つのはいつもアスワドだった。


 だから、今日もその小さな優越感に浸ろうとカロリーナをじっと見つめていた。


 しかし――


「アスワド……」


"もう、寝よう?" そう言われるのが自分が勝つ合図だった。その言葉をアスワドは期待していた。


「私のこと、好き?」


 恥じらいながら開かれた口はアスワドの予想とは違う言葉を紡ぐ。不安げに揺れる瞳は答えを心待ちにしている。


 心臓が痛いくらい高鳴った。


「もちろん。好きですよ」


 本当のことなのに、模範解答のような答えになってしまう。カロリーナは答えに満足していないのか、アスワドを頭からぎゅっと抱き締めた。


 カロリーナの白い髪から石鹸の香りがふわり、舞う。


「私も好きよ」


 か細い告白が耳をくすぐる。それにアスワドは黒い瞳を大きく開かせ、揺らした。




 白に染まりたかった。


 魂ごと無垢な白に。


 でも、白が黒に染まることを望んだら……


 黒は白を飲み込む。


 二つの色は交じり合わない。


 灰色にすらなれず、白は跡形もなく消える。


 そして、黒だけが残る。


 黒は――所詮、黒にしかなれない。





「アスワド?」


 カロリーナの肩に手を置き、ゆっくりと離れる。カロリーナは寂しそうに口をつぐんでいる。

 その唇に自分のを寄せれば、もしかしたら彼女は笑顔を見せてくれるかもしれない。


 しかし、アスワドはその唇に触れることはなかった。代わりにカロリーナを横に抱っこして、ベッドに運ぶ。ギシリと軋むベッドの音がやけに耳についた。


「おやすみなさい、カロリーナ様」


 額に一瞬のキス。この熱を伝えないように細心の注意を払いながら、触れるだけのキスに留める。


 カロリーナを横たわらせると不満げな瞳とぶつかった。それを笑みで誤魔化して、アスワドは今日も彼女が寝付くまで側で見続けていた。




 夜、カロリーナが寝付くと、アスワドは心底、安堵した。寝ている間はカロリーナはどこにもいかない。ずっと自分の腕の中だ。それが幸せな瞬間だった。


 カロリーナがここにいることを夢のように感じていると同じく、アスワドもまた、側にカロリーナがいることを実感できてないなかった。


 頭では分かっている。カロリーナはもう自分の妻だ。自分のものだと、誰もが知っている。


 だが……目が、手が、体が、カロリーナがいることを実感しきれていない。目を閉じたら、横にはカロリーナはいなく、ベッドには熱も残っていない。そんな悪夢が脳裏を横切る。


 全ては夢で、自分はまだ雪の中を駆けているのかもしれない。黒いマントに鮮血をつけ、自分は独り、雪の上に横たわる屍を踏んでいる。そちらの方が現実味があった。


 眠るカロリーナを抱き締める。しなやかな体は少し力を入れたら、簡単に折れてしまいそうだ。脆く愛しい彼女。


 そんな彼女を内に取り込むなんてできない。


 アスワドとて分かっている。カロリーナの存在を確かにしたければ、今の関係を壊すしかない。優しい騎士ではなく、ただの男として彼女を欲すればよい。


 きっと、カロリーナもそれを望んでいる。


 だが、躊躇ってしまうのだ。


 アスワドは知っている。自分の内に秘める鬼神の凶暴さを。暴れだしたら、カロリーナを泣かせてしまうかもしれない。


 それは嫌だ。

 だけど、欲しい。


 相反する思いはアスワドを戸惑わせ、その動揺はカロリーナにも伝わっている。


「愛してます。本当に……」


 どうにも、やっかいだ。

 愛というものは。


「あなたが一番です。あなただけなんですよ……」


 せめて夢の中だけは、カロリーナに素直に愛を伝える自分でありたい。そんな身勝手な願いを抱きながら、アスワドは目を閉じた。







 ――――――――――


 夢を見た。


 黒と白の夢だ。




 黒は願う。


 白よ、どうか私からお逃げください。


 私はあなたを黒で染めたくないんです。


 あなたの清らかさに私は似合いません。



 白は言った。


 黒よ、一体どこへ逃げるというのです。


 白は指差した。



 あなたが閉じ込めたのではないですか。



 この黒い檻に。



 白が指差す方向には鍵がかかった檻がある。


 それだけではない。二人はすでに黒い檻の中だ。



 白は言う。


 もはや、逃げられません。


 白は掌の中にある鍵を飲み込んだ。


 こくり。


 白の喉元を鍵が通る。


 黒は唖然とそれを見つめた。


 白が近づく。



 さぁ、黒。


 私を呑み込みなさい。



 それを、あなたは望んでいるのでしょう?




 ――――――――――






「っ……」


 アスワドは白と黒の夢を見て飛び起きた。


「はっ……」


 呼吸がうまくできずに、空気を求めて肺を動かす。ひゅっと空気が喉を通り、どうにか呼吸が整えていく。


「はぁ――……」


 深く息を吐き出すと、隣で眠るカロリーナが小さな声を出す。それに我に返ってそっと見つめると、スヤスヤと眠る彼女がいた。それに胸を撫で下ろし、起こさないよう肩で息をする。


 窓に視線を向けると、カーテンレースの隙間から小さな太陽の光が見える。朝焼け独特の淡い水色とオレンジ色の二色の空。朝が近づいていた。


 それを目にしてアスワドはベッドから降りた。


 今日から灼熱の国へ行く予定だ。時間は早すぎるが、もう寝れる気がしない。アスワドは静かに着替え始めた。


 慣れた手つきでいつも通りの着替えをする。ワンパターンなアスワドの服装は、黒一色と決めている。金糸の細かい紋様はあるが、ベースの色は全て黒。それは、白い姫を救った黒い騎士のイメージをそのまま再現したものだった。


 唯一、マントの裏地だけが深い赤色をしていた。単に似合うから身に付けているとカロリーナには言っているが、これは戒めだ。


 この赤を見るたびに自分の築いた屍を思い出せるように。それだけのことをしてきたのだと、自分に言い聞かせるために。


 考えなくてもできる支度をしながら、アスワドは先ほど見た夢を思い出す。



 白と黒の夢。


 白はカロリーナの姿だった。



 着替えが終わり、クローゼットをゆっくり閉める。扉の蝶番が錆び付いているのかキィィ…とやや甲高い音を立てる。そして、扉を締め切ると、アスワドは溜め息をついた。




 ――あの黒と白の夢は自分の願望そのものだ。



 思わず口元が歪む。

 ついに夢までカロリーナを取り込もうとしている。末期だ。


 灼熱の国へ行くのは面倒だったが、いい機会かもしれない。物理的に離れれば、頭も冷える。優しい穏やかな騎士に戻れるかもしれない。


 靴を履き替え、歩き出す。靴音を鳴らさないように気をつけながら。



 だが、アスワドは分かっていなかった。


 一度、手にした愛しいぬくもりから離れることこそ自分の首を絞めるだけだということに。



 焦がれて手にした白を黒は二度と離さない。


 眠っていた鬼神は怒り、アスワドを呑み込もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ