ポンコツの青空
人型殲滅兵器アルバコア。それが彼女の名前だ。
製造されたのは2000年前。
この世界の人類が魔導を極め、魔導科学と呼ばれる技術を発明し、明るい未来に胸をときめかせていた時代があった。
――だがそのときめきはすぐに失望に変わった。
人類がまず始めたのは戦争だったのである。
資源。権力。人種。生まれの差別。
争いの種はいくらでもあり、尽きることはなく。
アルバコア生み出された目的とは、敵対勢力――この地域に住む人類を抹殺することであったのだ。
★☆
「――というわけなので貴様を抹殺する」
復活したアルバコアは動き出すや否や、オレたちに向けて冷たい声で言い放った。なにこの声音。ぞくぞくしちゃう。
「ほあああ!? なんか大変なものが目覚めちゃってるんですが! やだー! 死にたくなーい!」
ウェンズディがオレの頭をポカポカと叩く。
だがオレは落ち着いて、その頭をぽんぽんと撫でてやった。なぜならば、
「そういうプレイだろ?
よく考えてみろよ。ほんとに兵器だったら今みたいな情報を開示するか? まさか自意識過剰なポンコツでもあるまいし」
「ちょっ!? 怒らせるようなこと言わないでください! ほら、アルバコアさんの目がめっちゃ険しくなってますよ!?」
ウェンズディに言われてアルバコアの表情をうかがうと、彼女の表情は憤怒に染まっていた。
ぷくーっと膨れ面で拗ねてるような感じ。
初めこそクールな印象だったけど、どうやら直上的な性格であるらしい。
むくれたアルバコアはオレたちに向かってビシぃっと指を突きつけ、
「あんた! なんであたしがポンコツと呼ばれていたのを知ってるの!?」
「オーケー。落ち着いてきました。
わかりました。あの子は正真正銘のポンコツです」
「わかったならよろしい」
アルバコアの見た目の年齢は人間で言うなら18歳くらい?
修復されたアルバコアの髪は絹のように美しく、頭の高い位置で短いツインテールにまとめている。
ぱっと見の印象は血統書付きの野良猫。
気高さとたくましさが同居してるってわかりやすいかな?
その全身からは気の強そうな感じと、溢れんばかりの好奇心が漏れ出している。
「……」
閉じていたときはわからなかったけど気の強そうな瞳が、警戒するようにオレをじっと見つめる。
光の入り具合でコロコロと変わる虹彩はまるでダイヤモンドのよう。思わず視線が吸い込まれそうになる。
(はっ。いかんいかん)
オレは頭を振って、にこやかに笑みを浮かべた。
せっかくの2000年ぶりの目覚めだ。ここは紳士的に振る舞うべきだろう。
オレはよぅっと手を挙げながら、ガチャ・インベントリからプラスチックのような容器にはいったキラキラとした虹色の液体を取り出した。
「へーい、彼女。ちょっとお茶でもしない? いいドリンクがあるんだ。虹色デロデロスープっていうんだけど」
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虹色デロデロスープ
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レア度:N
古代文明の機械から抽出された、虹色に光るデロデロの液体。
他の食料品と合成することにより、化学反応でさまざまな味を楽しみなれます。
レッツ、ケミカルクッキング!
(注)合成対象によっては死ぬことがございます。
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「……」
が、対するアルバコアは無言。
ピリピリとした空気があたりに充満する。
「(ちょっとナバルさん! なんでNのアイテムなんて出してるんですか!? アルバコアさん、めっちゃ不機嫌になってますよ!?)」
ウェンズディがつんつんと袖を引っ張ってコソコソと抗議してくる。
この世界の常識ではプレゼントととして渡すのはRのアイテムとされているのだ。
SR以上のアイテムは取引不可。Nのアイテムは相手を軽んじていることになるらしい。
とはいえ、アルバコアがそんな常識を知っているわけがないので単純に警戒されているだけなんだろうけど。
「(ナバルさんは女心がわかってないんじゃないですか。だから年齢イコール彼女いない歴なんですよ!)」
「(いや、ガチャからNのアイテムしか出てないからなんだけど)」
「(ぐぬっ。で、でも! Rもいくつかは出てたじゃないですか!?)」
「(お前は醤油を飲めというのか……)」
食料品ガチャによりいくつかRのアイテムは出ていたが、どれもこれも調味料だとかの類だったのだ。
「よ、よし。じゃあ、アルバコア。渡すぞ?」
このまま黙って向きあっていても埒が明かないので、虹色デロデロスープを恐る恐る投げ渡して――
「あたしを舐めるな、人間!」
ぴちゅーん!
――いまのオレたちがいるのはツルヤティオ・ダンジョンの最奥。地下六階層。
階層を分断する岩盤は分厚く、現代人の能力では穴を掘ることなど思いもしないだろう。
その地下から。
「わーい。お空がキレイ」
青空が見えた。
「ちょっとナバルさん!? あの子、なんかすっごいビーム出してるんですけどぉっ!?」
「ファンタジー世界だと思っていたらまさかのSF!? 明らかにパワーバランスおかしいだろ、あの威力!? バランスブレイカーってレベルじゃねーぞ!?」
「そんなことより、さっき言ってた通り、責任とってちゃんと口説き落としてくださいよぉっ!?」
「よっしゃ任しとけ! アルバコア、お願いがあるんだけど、おっぱい揉ませ――」「ふざっけんなぁ! さっきの自信満々さはなんだったんですかぁっ!? くのっ! くのっ!」
涙目のウェンズディがオレの襟首を持って揺さぶる。
「お、落ち着け。ウェンズディ! 素数を数えるのだ! ひっひっふー! ひっひっふー!!」
「もはや数字ですらないんですけど!? ナバルさんこそ落ち着いて下さい!
そ、そうだ! チョコ&プロテインパワーで彼女を打ち倒すのです!」
「なるほど! 昔から敵対者を仲間にするのは肉体言語って決まってるもんな!
よーし、アルバコア。このチョコを喰らいたくなかったら――」
ぴちゅーん。
手に持ったカッチカチのチョコレート(N)は、アルバコアから射出されたビームによってあっという間にデロデロになった。
「びゃああああ!! チョコが! チョコが溶けた!? こんなの絶対おかしいです! 物理法則違反です! ルールブレイカーすぎです!」
「落ち着け、ウェンズディ! チョコっていうのは本来溶けるもんだ!!
……ほぁぁぁっ!? こっちに歩いてきたぁっ!?」
ズシっと音がして振り向くと、そこにはこちらに歩みだしたアルバコアさん。
腕からバリバリと放電しながら、超殺る気満々!
あっかーん! これ死んだ!
せっかく異世界に転生したのに、冒険者生活1日目で死亡なんてオレってば雑魚すぎない!?
ああ、神様! 生まれ変わったら次の人生は超絶チートの無敵の勇者でお願いします!
アルバコアがオレに腕を向ける。
「チョコレートで何をしたかったのかはわかんないけど、このあたしの手にかかって死ねることを光栄に――ふぉおお!? なにこの子! 可愛いじゃないの!」
「ぐえー。たゆんたゆんのおっぱいで溺れ死にそう」
ぎゅーっと。
ウェンズディがアルバコアに抱きしめられた。