血のバレンタイン事件
「えええええ!? ど、どうなってるんですか!?」
蠢く地竜を倒したことが信じられない、と言わんばかりにウェンズディが目を丸くする。
さもありなん。
蠢く地竜の適正レベルは21。とはいえ、あくまでもそれは階層ボスとしての適正レベル。
今回のオレのように一人で相手をするならレベル30以上必要なのだ。
「ウェンズディ、落ち着け。
この世界の歴史書には『血のバレンタイン』という事件が記録されていてな」
「へ?」
――血のバレンタイン事件。
それは300年前のバレンタイン期間に発生した事件とされている。
現代のバレンタイン期間では期間限定アイテムとして、
・SSR『ブリリアントチョコレート』
・SR『ゴージャスチョコレート』
・R『なめらかチョコレート』
・N『ゲロマズ・チョコ』
がガチャアイテムとして出てくるんだけど、300年前のラインナップではNのチョコレートは『カッチカチのチョコレート』と呼ばれるものだったのだ。
そして『カッチカチのチョコレート』のフレーバーテキストはこう。
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カッチカチのチョコレート
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レア度:N
「ほ、本命じゃないんだからね!?」とチョコレートを渡された青春のときめきプライスレス。
折れた歯の治療費プレミアム。
あまりにも硬いため、何者も噛み砕くことも折ることもできない。
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攻撃力も設定されていてその数字は50。
なんとSR武器、ミスリルソードにも匹敵する攻撃力を誇っているのだ!
――300年前の冒険者たちは考えた。
『これを武器にしたらどうなるんだろう?』と。
とまあ、ここまでならよくある話。誰でも思いつく話。
だけど、みんなすぐにあきらめた。
拳大程度の大きさのチョコレートなんぞ武器にしたって仕方ない、と。
……ところでこの世界。
ガチャ・インベントリに当てたアイテムを置いている間は同一アイテムを重複させることや、レア度別の強化アイテムで強化できるのだ。
銅の剣なら『銅の剣レベル2』みたいな感じで。
強化できるのは食料品も同様で、例えばもずく酢なら『もずく酢1人前』が『もずく酢2人前』になる。
量が増えるだけなので意味がないため、食料品のレベルアップなんて誰もやろうとしない。普通なら。
「だが! カッチカチのチョコレートは強化をすることで体積が増え、決して折れぬ鈍器として扱うことができるのだぁぁぁぁぁっ!」
さらに! レア度Nのカッチカチのチョコレートは簡単にマックスレベルである10にすることができるのである!
――というわけで300年前のバレンタインではチョコを片手にモンスターをハントする冒険者が続出した。
レベル10時点のカッチカチのチョコレートの攻撃力は180。
狩られたモンスターたちにとっては苦いバレンタインの記憶である。
「それチョコレートぉぉぉっ!?」
オレの手にある黒い物体の正体を知って、ウェンズディが叫ぶ。
さらにプロテインドーピングで倍率ドン! レベルアップも合わせてオレの攻撃力は(30+180)*5.2=1092!!!
そう! いまのオレはSSRの『ドラゴンスレイヤー レベル10』を遥かに超えた超火力の持ち主なのだ!
いま現在、このダンジョン内においてオレの敵はおらぬ。
「ふはははっ! ウェンズディ! お前のチョコは最高だぁぁぁっ!!」
「その凶器をわたしが作ったみたいな言い方やめてください!?」
「そんなことはどうでもいい。急いでクリアするぞ!」
カッチカチのチョコレートの消味期限は実体化させてから2時間。それを過ぎると消えてしまうのだ!
「ふはは。脆弱、脆弱ぅっ!!」
オレはチョコレートをぶんぶか振り回しながら、ダンジョン内を蹂躙するように走った。